僕はこの事について書く資格を持っていない。「ヘヴン/川上未映子/小説」

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 イジメ。いつまでも無くならない、人間社会の暗部の一つ。何かのウイルスのように、次から次へと対象を変え、イジメられていた者が、いじめる側になる事も少なく無い... そんなイジメの本質が何処にあるのか?数ある原因から、何故その人が選ばれ、何故虐げられなければイケナイのか?その答えが、この本にはあるのかもしれません。

 主人公の少年は、斜視の為に見た目が不気味に写り、同級生達からイジメを受けていました。先生や親にバレないような場所を痛めつけたりと、周到で卑劣な行為を彼に繰り返しているのです。
 そんな彼の元に、とても控えめな手紙が届きます。「わたしたちは仲間です」そう記された手紙の差出人は、同じようにクラスで虐められている少女の物でした。そんなきっかけで、2人はお互いを思いやり、大切な存在として友情は成長していきます....

 イジメがテーマの本を読むと、気分は落ち込みいらいらした気分になります。何故黙ったまま、されるがままなのか!僕が彼等では無いからこそ、こう思ってしまうのでしょうね...
 僕の小学校時代にもイジメのようなものはありました。世間で言うところの知的障害を持った子が同じクラスにいたのです。誰かの物を盗んだり、嘘を平気でついているような子でしたから、イジメられていたのかもしれませんが、今となっては、苛められた事によってそんな行為にいたったのかもしれないと考えてしまいます。
 
 僕は苛める側の気持ちも、苛められる側の気持ちも理解出来ません。苛められる側は、相手に力で勝てないにしても、抵抗し続ける方が良いし、別に嫌なら学校へ行かなくたって良いとさえ思います。ただこれは親や周りの環境の影響も多いし、誰にも相談出来ず苦しむ子供達がいるのも当然でしょうね。
 そして苛める側、大抵一人で苛める者などいません。多くの者は群れてその対象をイジメ、相手と対等な立場で向き合う事など絶対にしません。苛めている相手とまともに向き合える者なら、始めから苛めなんて無意味な事はしない事でしょう。

 信頼出来るだれかに相談出来れば、何かの糸口になるかもしれませんが、周りに相談なんて出来ないなら、やはり自分で切り開くしか無いのかもしれません。馬鹿げた連中に付き合って自分の人生を棒にふるなんて勿体無いと僕は思います。 堪え続けても何も変わらない。どんなに小さな行動でも良いから、自分が変わりたいと思えるうちに始めてみませんか?


 僕には何もしてあげられない。それは解っているのですが、こんな本を読んだ後はどうしても感情が押さえられない。苛めの当事者からすれば今回の記事は不快極まり無い事でしょう、御免なさい....ただ、むなしくて、かなしくて、やりきれない想いだけは分って下さい。  
 
 皆さん、まとまりの無い自分勝手な記事を最後まで読んでくれてありがとう。

 
 
 

 

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