愛のカタチに、アイの詩を...「世紀末の詩」

※注 この作品同様、こっぱずかしい記事に仕上がってます。見るのをやめるなら今だww





「Darling darling Stand by me Oh stand by me Oh stand now Stand by me Stand by me...」ダーリン、ダーリン、そばにいて欲しい.... 愛する者へ貪欲にまで、愛情を求める男の詩。でもその詩が、真実の愛の存在を僕らへ信じ込ませる。ただの錯覚かもしれないのに...



 時は世紀末間近の1998年。人気脚本家の野島伸司が恥ずかしいまでに、真実の愛を追い求めたこのドラマ、主演の竹野内豊のキャラや、自己満足とも思える愛情表現に拒否反応した方も多かったかもしれません。しかし、もとより愛は自己満足で当然。愛していると”信じる”のは自分なのですから。



 さまざまな愛のカタチが描かれるこのお話、婚約者に教会で逃げられた主人公の"野亜"(竹野内豊)、 学長選挙に金で敗れた”百瀬”(山崎努)、死ぬ事まで考えた二人が、毎度目にする愛のカタチに、それぞれの理想をぶつけ合う。ただ盲目に愛の存在を受け入れたい野亜に、愛は普遍ではなく、カタチを変えてしまうものだと解く百瀬。結末はいつも百瀬の言う通りになってしまう。それでも野亜は....


 どんなにその”存在”を疑う人でも、信じてみたいのが”愛”でしょう。誰もが感情のままに誰かを愛してみたい....でも、そう出来ない現実... だからこそ、究極な迄に人を愛せるものを羨ましく思ってしまう。究極の馬鹿はすばらしく綺麗だから...


 この作品にジョンレノンの曲を選んだ野島伸司はやはり流石。究極の自己愛を描くにはピッタリ!本気で世界を愛に染めようとしていた男の詩だからね。


 ジョンの「LOVE」を聴きながら、僕もそんな錯覚の愛を信じたい。人を愛すためには、自分を愛さなければなら無いのならば...



この記事へのコメント