普通じゃない普通で良いじゃない「いまは、まだ見えない彗星/珠かな子」写真集/感想

昨日の日曜、普通って素晴らしいなと思う朝だった。

誰かに頼まれ事をされることもなく、仕事に行かなければと云う義務感もない目覚めに飛び込んで来たのが、またも有名役者自殺のニュースだったからだ。


家族や仕事のことでストレスを感じたり、今のご時世で生きる意欲を失うのは分からないでもないが、亡くなった方と同年代の自分であっても死ぬ必要を感じるような目に遭っているわけでもないわけで、”普通”で居られることは幸せなことだなと思ってしまった。多少のことでは揺るがない才能があるわけでもなく、それを磨き育てる根気があるわけでもない人間であればこそ、呑気に他人の死で一喜一憂していられるのである。

承認欲求だらけで息苦しい世の中ではありますが、普通って実は素晴らしいことなのではなかろうか?







僕は特別も好きだが、普通も大好きだ。女性に関しても地味な方が一番ツボに入る。だからと言って良いのか悪いのか分からないが、”珠かな子”氏のような女性にも滅法目がない。彼女は本当に普通だ。体型にしても顔の造形にしても、世の中に掃いて捨てるほど存在する普通さである。どれだけ綺麗に整え、奇抜な衣装やシチュエーションで飾り付けようとも、眼鏡が無ければ個性といった個性もないかもしれない。しかし、それなのに、何故か彼女は僕の頭の片隅に居座り、1年余りAmazonの欲しい物リストに仕舞い込んでいたこのポートレートへの未練も断ち切ることは叶わなかった。

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ある種の迷いを感じない眼差しは、もしかすると普通とは言えないかもしれない彼女。七菜乃さんと同じく女性が女性の裸体に魅入られている点も、嫌嫌カメラのレンズに収まっている方々とは一線を画す存在と言えるだろう。男に見せたくて撮られているわけでも、撮っているわけでもないに違いない。ただ今この瞬間にしか残せない本質的な物を、自分らしい解釈で切り取りたいのかもしれない。まあ、自分らしいとはなんなのか?と云うことは棚上げしての話ではあるけれど.....


女性に限らず、わざわざ自分の裸体を晒す行為は、自分を安売りしているように思われがちである。かく云う自分もそう感じる時はあるわけだが、吸い込まれそうな珠かな子氏の瞳を見ていると、性的な興奮以上の幻想に取り憑かれ、これはこれで表現方法として間違っていないなと思わされてしまうから不思議だ。正直性的な吐口を求めての本書お買い上げはお勧めしない。それとも自分が二十歳ほどの子供がいてもおかしくない年齢になったからなのだろうか?それならそれで残念な話ではある。彼女と同じ世代に生まれ変わりたいくらい残念だ。


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本当に久しぶりの写真集購入である。前回はたしか佐倉綾音の最初で最後になりそうな作品だった。

生身への渇望が日に日に枯渇して行っている為、いつかこうした本を買うことが一切なくなる日も来るのだろうか?

普通に普通のことが普通にやれなくなる日。

そんな日だけは一生来なくて良いなと思う秋である。









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posted by lain at 06:56北海道 ☔写真集