生死の是非を問うのは、永遠に割り切れない計算をするようなものだ....「バビロン」野崎まど(原作)/ツインエンジン(製作)/感想

その昔、日がな一日”死”について考え、瞼を泣き腫らしていたことがある。

喘息持ちで風邪などひくと1週間学校に行けないこともざらだったし、ノストラダムスの大予言が流行っていたせいもあって、子供の頃は正直将来のことなど考えられなかった。


結局、第三者の希望的観測で導き出された予言は外れ、世界は2000年代に突入。自分もこうしてキーボードを叩いて息をしている。人間なかなか死なないものである。大して健康に配慮せず、20〜30代は4時間寝れば長いくらいの不摂生だったが、盲腸になったり、よく分からない体調不良になって医者を診断で困らせたくらいで済んでいるのは運が良いのだろう。仕事に追われ、終わりの無いTVゲームに明け暮れ、心身共に弱って来ているのは感じるが、まだまだ生きていそうな気がしてならない。



なんだかんだ云って、”死にたい”とは思わない。いっそ死んでしまった方が楽だと思っても、自分にとってそれは、もっと楽な生き方がしたいと云う気持ちの裏返しで、本当の意味での絶望を知らない。

日本では年間2万人近い人が自殺する。理由は虐め、健康、経済など様々で、首吊りや飛び降りガス中毒が手段として多い。つい先だっても衆人監視の中首を括った男がいた。たとえ他人の死であっても、他に選択肢は無かったのか?相談相手は居なかったのか?本当にそこまでする必要があったのか?などと、自殺の前では無駄に考えてしまう。

孤独に疲れ明日がどうでもよくなった者の最後の我が儘が自殺なのでは無いか?と思うのだが、実際死ぬことが悪いことなのかと聞かれたらなんとも言えない。死んだように生きるくらいならばという気持ちが自分にも少なからずあるからだ。生きるだけ生きて、生きる必要を見出せないなら、自然に命を還すのも正しいことに思えてしまう。



しかしまぁ、”野崎まど”氏のバビロンを見た後というのは、本当に無駄に生死について考えてしまって困る。普段見ない振りをしていることにずかずかと踏み込み、掻き回すだけ掻き回しておいて仕舞いには悪夢は終わらないぞと結ぶ辺り本当に酷い。続くことが良いことで、終わることは悪いことだと人間は感じるものだという答えが、大多数の人間だけでなく、少数のサイコパスの価値観にも当て嵌まるのだという現実が半端ではなく生々しい。いっそハリウッドで実写化して、アニメを見ないアメリカ人も地獄に叩き落として欲しくなるほど癖になる。ミスチルの”HERO”の歌詞に「駄目な映画を盛り上げるために、簡単に命が捨てられていく」というフレーズがあるが、果たしてバビロンは皆にどう受け取られたのだろう......







もっとも自殺者が多いとされる月曜日がまた始まった。

フィクションの世界のように、自殺が公的に認められるようになったら、月曜日は汚名をそそぐことが出来るのだろうか?

とりあえず僕は、もう少し生きてみたい。それだけは確かだ。





あぁ...凄くamazarashiが生で聴きたくなった......



posted by lain at 02:33北海道 ☔アニメ