年の瀬に思い耽るは未熟ゆえに出逢った「フォーチュン・クエスト」の日々

その昔僕は、文字ばかりの本が好きでは無かった。堅苦しく並ぶ文字を眺めていると窮屈で、しかも漢字が不得意だったから(今も書くのは苦手)物語に没入出来ず、スタートラインにも立っていない状況だった。

それが変わって来たのは小学校も高学年になってからだろうか?ありがちに挿絵が多めの伝記物を好きになり、学園探偵物のような定番にも手を出して徐々に活字への苦手なイメージは和らいでいった。そして図書室で借りるような本ではなく、初めて自分で買った小説が「フォーチュン・クエスト」だった。

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まだラノベという呼び方が世の中に定着していなかった時代、僕にとってのラノベとはスニーカー文庫と富士見ファンタジア文庫のことで、ロードス島戦記、風の大陸、無責任艦長タイラー、スレイヤーズ、そのどれもが”あの時代”を生きた者が素通り出来ない作品だった。同様にフォーチュン・クエストも然りである。確かな血筋を持つわけでもなく、魔王を討伐するような目標があるわけでもない、普通より少し頼りない連中が些細な冒険の日々を自分たちなりに精一杯やっていく姿に癒され励まされ、自分も一緒になって冒険しているような気分になれる良い作品だったのだ。当時何が面白いと感じたかと言えば、兎に角冒頭の人物紹介から面白かった。主役である詩人兼マッパーのパステルの語り口調で全編書かれているのだが、紹介文でも『私の素敵な仲間達を見て!』と言わんばかりの書き込みで既に笑えてくる。これを考えていた時の深沢美潮さんの楽しそうな顔が浮かぶというものだ。イラストを担当する迎夏生さんのコミカルで優しい色使いも相まって世界観もイメージし易くファンタジー入門としても相応しかったと思われる。世界観の話で云うと、レベルが上がり難い設定なのも新鮮だった。ファミコンのドラクエであれば、あっという間に達するレベル5すら、フォーチュン・クエストの世界ではパーティー総出でお祝いするほどの出来事なのである。一つ一つ、地道に積み重ねて行く感じが、更に親近感へと結びついていたのだ(TRPGに馴染みのある人ならば、それくらい当たり前の感覚なのかもしれないけれど)

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竹アーマーの作り方から
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細かなステータスまで。ルーミィは本当に可愛いw 




そんなフォーチュン・クエストが本当の本当に完結するらしいと聞いた。”新”が付くようになってから読んでいない身としては、ようやくなのだなと思った。丸々30年を超えるシリーズ展開である。ラノベもとうとうここまで続く時代になったのだ。番外編を除き、発売予定の最終巻で39冊。これは名だたる作品に並ぶ巻数になる。書きたいだけで続けられるレベルではない。作者の労苦は言わずもがなだが、これまでずっと読み続けて来た読者達の熱意に対しても尊敬の念を禁じ得ない。いずれしっかりと腰を据えて1巻から読み直したいものである。






何処に行くにも持ち歩いていたフォーチュン・クエスト。病気がちだった小学生の僕は、一人で病院へ行き待合席で必ず読んでいた。一度目の前に座った女の子が同じようにフォーチュン・クエストを読んでいるのを見かけた時は、嬉しいやら恥ずかしいやらで、なんとも言えない気分になった。あの頃漫画でも小説でも表紙を外して読む癖があったため、相手には気づかれなかったものの、誰かとパステル達の冒険について語り合えていあたなら、もっと違う読書体験になっていたかもしれない。

自分が好きだからこれ以上の物は無いだなんて云うつもりは毛頭ない。ただ、皆にとってのフォーチュン・クエストが存在したら良いなとは思う。活字は怖く無い。しんどいものばかりではない。読めば読むほど読みたくなる友達なのだ。付き合い方一つで必ず自分の為になることだろう。まるで読めなかった人間が言うのだから間違いない。




深沢美潮先生、30年もの間、本当にお疲れ様でした。楽しいばかりで終われないこともあったでしょう。

貴女のお陰で本を人並みに読める人間になれました。本当にありがとうございます

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posted by lain at 15:48北海道 ☔小説

これは紛れもなく十二国記だった「十二国記 白銀の墟 玄の月」小野不由美(著)/新潮社/感想

私が十二国記に出会ったのは高校生の頃。所謂学校でやらされる”勉強”がまるで好きでは無かった私は、当然高校も都合の良いところは選べず、バスと汽車を乗り継いで遠くの学校へ通う羽目になったが、そのお陰で街中に出来たばかりの大型書店に寄り道し放題であった。あの時代は一般向けの電子書籍など皆無であったし、本当に多くの人達が書店に群がっていたものである。

腐れ脳が順調に育ち始めていた当時、ハマっていたのは江ノ本瞳さんの「三色董的少年達(シシー・ボーイズ)」と、分厚い愛蔵版が出たばかりだった那州雪絵さんの「ここはグリーン・ウッド」。自分で言うのもあれだが、20年以上前の日本では希少価値の男子高校生であったのは間違いない。ぶっちゃけ自分がこんなで無かったら、講談社のX文庫ホワイトハートに手を出すことは無かったと思われる。

だいぶ記憶が曖昧なため、山田章博さんを先に好きになって気になり十二国記に手を出したのか、十二国記を先に気に入り山田章博さんを好きになったのか思い出せないものの、男でありながらホワイトハートを手に取りレジへ持ち込む気分は、エロ本を買う以上にドキドキした記憶だけは確かだ。試しに月の影影の海の上下巻を買い半信半疑で読み出したら、まるでホワイトハート作品とは思えない世界観の重厚さと心理描写にハマり、小遣いを貰うたび続きをレジへ持ち込んだものだった。



あれから25年近く経つ。本を読むペースも落ち、漫画ですら手に取らなくなってきた。映画館に行ったのはいつのことだったか?そんなふうに創作物を咀嚼する力が落ちているのを体感してばかりだった所に投下された十二国記の新刊。しかも救われそうでなかなか救われない国である”戴”の物語がようやく動き出したのだから本当に嬉しかった。数年前に全て読み直していたにも関わらず、メインのキャラ以外誰が誰やら分からなくなっていたり、少々世界観の説明場面で間延びしていることや、同じ意味合いのセリフを連投するなどしていることが時折気になった以外は夢中で読めた。やっとまとまりかかった国を乱す簒奪者の凶行により王の行方が分からなくなった者達が、国の現状を目の当たりにしつつ各々が自分に出来ることをやり、沢山の希望と絶望を繰り返す様はなんとも言えず、残酷な天(作者)の威光で簒奪者ですら哀れに感じてしまう内容の数々に、これは確かに十二国記だなと感じられた。

もしもこれで十二国記が完結と言われても、個人的には受け入れてしまうかもしれない。それくらいの幕引きだった。大勢が決した後に興味がある人達は駆け足で端折られたと感じていたりもするようだが、最後に普通の人達の姿で締めるのは美しかったと思う。李斎達の物語は幡が集うシーンが最高潮だったのだから.....





これで終わりになっても、そう書きはしたが、勿論まだまだ十二国記の世界を見たい。まだ一切描かれていない”舜”国だけでもなんとかお願いします。この通りです小野不由美さんo┐ペコリ 

欲を言えば十二国記のアニメをまたやって欲しいのもある。N◯K版でも良いが、新規で山田章博さんの絵そのものでやるようなシリーズを今回の戴の物語までやってくれたなら、もう人生に悔いはないくらいの喜びでもって迎え入れたい。





にしても、4冊ほぼ同時刊行などされたら、次はいつになるのか怖くて仕方ないなぁ........







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posted by lain at 17:11北海道 ☔小説

ゴ○ゴも良いけど、ゲラルトはもっと汚れでハードボイルドで良いぞ「ウィッチャー」Netflix/海外ドラマ/感想

年末の仕事、最後の1週間初日、今月の頭に入社していた新人が辞めた。一月保たないスピード退社である。誰かが辞める時というのは、意外と予兆があったりするものだが、あまりにも早過ぎて誰にも予測出来ない結末だった。

流石に電話やメールだけで終わらせる人間では無かったようで、社員が出払っている間に会社で社長と辞める理由等を話していたらしいが、自分は技術的に付いていけないと切り出しつつも、既に次の職場は決まっているという話していたそうで、どうもその職場の受け入れ態勢が整うまでの場繋ぎでウチに入ったというのが実際の所のように感じられた。真意など我々には分からないから憶測でしかないが、様々な物品を彼のために揃え資格取得の準備までしている最中の一報であったし、落胆の2文字以外彼にプレゼント出来る物は無いだろう。メリークリスマス


人の気持ちは分からない。出逢ったばかりの人間だけでなく、親しい相手でさえも真意までは推し量れないものだ。こんな時、ウィッチャーであるゲラルトの冷徹な洞察力があったならと思う。相手の言葉運びや様子から瞬時に真偽を見抜く彼ほど人事担当に相応しい人は居ないはずだ。







スラブ神話を元にした剣と魔法の世界。原作は小説だが、多くの人はゲームでその存在を認知したことだろう。僕もその一人だ。しかも自分は初ウィッチャーが3作目な上、完全に途中で積んでいる始末。この作品のドラマ版について語るだけの知識がそれ程無い状態と言える。しかし、あの世界観とゲラルトの格好の良さをほんの少しでも知っているだけでも、これは普通に面白いと思える作品に仕上がっており、見た目も演技も格好の良い役者が見事な殺陣を披露し、感情は無いと言いつつも自らの選択の重みに苦悩する様は、まさにウィッチャーでしかなかった。

予算の関係上、主要人物以外のキャスティングは怪しいものの、化け物との戦いも及第点であるし、魔法を戦闘で使う時の違和感もほぼ無い。馬のローチにしか心を開かないところや、女子供に弱いところもゲラルトらしくて面白い。それに、やはり外国人設定のキャラを外国人が演じるとより自然に感じられて良い物である。「テルマエ・ロマエ」の阿部寛のような特例もあるが、「進撃の巨人」の実写版のように日本人がぞろぞろ外国人設定のキャラを演じるのは違和感以外の何物でもない。これだけ作り込まれていて文句を言うなど、贅沢にもほどがあることだろう。




これはちょっと、ゲーム版を再開したくなる出来だった。剣と魔法のファンタジーは沢山あるけれど、蔑まれるほどの際どい力の持ち主が善悪の天秤を揺らし戦い続けるお話はなかなか無い。まったくもって選ぶという行為の重みが存分に味わえる良い作品である。

会社を次々と渡り歩くゲームなんかがあっても面白いかもしれない。実務をこなしつつ社の良し悪しを測って引導を渡し、いつどのタイミングで辞めると口にするか、そしてその方法まで選べて評価対象になるとかね。





誰か安月給で外仕事が苦じゃ無い奇特な人入らないかなぁ.......

歓迎会じゃなくなった忘年会なんて俺出たく無いよ.....(。_゜)