”統一“という暴力は要らない

先週、仕事の関係で大勢を前にしてデモンストレーションをしなければならなくなり、親会社の社員や同僚、関係各社の人間が一緒になって呑気な連中の見世物になっていた。人前で何かしなければならないだけでも嫌なのに、いつもの200%増しくらいオーバーアクションで仕事をしなければならないのが本当に嫌で嫌で仕方なかった。


何よりウンザリしたのは、服装の統一や移動の練習だった。観客から分からなそう、もしくは誰も気にしなさそうな点まで指示され、元から存在しない協調性をアピールすべく何度もやらされた駆け足は近年稀にみる不快さだった。そんなに見た目の協調性とやらに価値があるというのなら、北朝鮮を超える国は無いのではなかろうか?同じ服、同じ歩き方、同じ笑顔、同じ忠誠心を持ち合わせていないとあっという間に墓の中ではあるけれど。







他人に指図されるのは真っ平御免である。国が定めた法律も存在しない土地で暮らしたいくらいだ。ただ、それもそう簡単に実現出来るものでは無いし、最低限自分に出来ることと言えば、自分が他人に生き方を強要しないようにすることなのだろう。求めるならまず与えよという精神は間違っていないはずだ。



いやほんとね、もう暫くあんな目には逢いたくないな.......集団競技の選手やバンドをやっているミュージシャン達は、美しいシンクロの為に相当なストレスと戦っているんでしょうな.......

posted by lain at 05:34北海道 ☔雑記