ヒトラーをヒトラーたらしめるのは.....「帰ってきたヒトラー(原題: Er ist wieder da)」デヴィット・ヴェント(監督)/ティムール・ヴェルメシュ(原作)/感想

どの国にも、名前を口にすることすら憚られる”存在”というのが歴史上居るものだけど、ドイツのアドルフ・ヒトラーほどの存在となるとなかなか居ないはず。

なにせ、自国民以外の血を嫌悪し、蔑み、身体的に劣るものは自国民でも無用と切り捨て、見事なまでの潔癖さと偏見で血を流し続けた男なのだから。





よく純粋過ぎる者ほど、極端な行動に出ると言うが、ヒトラーもその例に当て嵌まるのだろうか?僕は所詮戦後生まれの日本人である。又聞き以上の不確かな情報でしか彼のことなど知りはしない。せいぜい画家になりたかったが挫折しただの、実はユダヤの血が混ざっていただの、自殺はしておらず生き延びていただの、誰でも知っていそうなゴシップネタばかりである。だから、この映画のヒトラーが本物と似ているのかどうかなど、見た目以外で判断など出来るはずもないのだが、無性に本物のヒトラーを見ているような気になっていったから不思議だった。

自決したはずが現代へタイムスリップしていたヒトラーが、冴えないTVマンと出逢い今のドイツや世界情勢を学び、TVで人気を博すようになっていくコメディなのだが、終盤に近づくと、やはりヒトラーはヒトラーでしかないのだと思い知らされる展開が待っていて、色んなことを考えさせられてしまった。

何が凄いって、役者が脚本通りにやっている部分と、一般市民にアポなしで絡んでいる部分を、大きな違和感無しに繋ぎ合わせている点だ。嘘の中に本当を混ぜる本作の上手さは、まさしくヒトラーが国民に向けて行った弁舌手法そのもので、彼の言葉に乗せられてゆく怖さを追体験しているような気になって背筋がぞくりとした。



”彼の言っていることは正しい”


普通にそう感じる弁舌なのだ。民衆がどんな言葉を待ち望んでいるのか本当によくわかっている。移民に関する問題が世界規模で山積みになっている現代に、実際ヒトラーが蘇ったら、彼を指導者にと仰ぐ者が絶えないことだろう。というか、ヒトラー本人でなくとも、彼のような思想を持った人間がリーダーになる可能性のある国はごまんとあるのではないだろうか?2年前アメリカの大統領になったドナルド・トランプにしても、他国のことより自国が大事と明言し、正規の手順を踏まない外国人などアメリカには絶対いれないと強硬姿勢を崩さないし、本作の生まれた国ドイツも移民問題がなかなか解決せず国民感情は強い指導者の誕生を待望している。

我々の日本だってそうだ。脇の甘い安倍政権に嫌気はさしているが、野党には吐き気を覚えているわけで、いつ何処で何がきっかけとなりとんでもないリーダーを選んでしまうか分かってものではない。少子高齢化、格差社会、差別、雇用環境、そして他人事ではなくなった移民の問題、道を踏み外すネタには事欠かないのだ。





ある意味、ヒトラーという見本が存在するドイツは幸せなのだ。大きな失敗を回避するには、実際に大きな失敗をした人の背中を見るのが一番早いのだから。ただ、過去は未来の肥やしになる、けして風化させてはならない.....それは分かっているけれど、頭で分かった気になるのと、実際に経験して分かるのでは、天と地の差があるわけで、歴史を繰り返さずにいられないのも人間ではある。


太平洋戦争後70年はなんとか戦争の当事者にはならずに済んでいる日本。一体あと何年その記録は伸びてゆくのだろう。

自国優先主義が広がる昨今、戦争以外の手法で相手の心を抉じ開ける青写真が見えないのは僕だけだろうか?......








posted by lain at 07:20北海道 ☔映画

20年前、俺は確かにドリームキャストで夢を見たんだ......

据え置きゲーム機の中で、トップシェアを誇るPS4。

1994年に初代PSが発売された頃から勢いは相当なものがあったものの、PS3で若干躓いたため今現在のシェアの状況に圧倒的なアドバンテージを感じないのが不思議である。肝心のゲーム体験はどうかと言えば、Nintendo Switchの遊び心に及ばず、スペック面ではXbox One Xの後塵を拝している。各社との長年の付き合いがあればこそ、ソフトには事欠かないが、OSの軽さを除くとPS VRが最後の砦といった印象は拭えない。

要するに何が言いたいのかと言えば、時代も変われば売れるゲーム機も変わるという話なのだ。


かつて、家庭向けゲーム機は三社が牛耳っていた。ファミコンの任天堂、メガドライブのセガ、PCエンジンのNECである。三社がしのぎを削る状態は10年以上に及び、NECが脱落した後もソニーが加わり業界の"三すくみ”状態は今なお続いている。しかし、そこにセガの名は既に存在せず、30年以上残っているハードメーカーは任天堂だけとなった。

セガ最後のハードとなったドリームキャストは、本当によく出来たゲーム機だった。光回線どころかISDNすら普及していない時代にモデムを標準装備させ、ネットをお茶の間にググッと近づけたかと思えば、液晶付きのメモリをソニーに先んじて投入したり、コントローラーにトリガータイプのボタンを配すなど、まさにセガの社運をかけた挑戦的なものに仕上がっていたのだ。

アナログ回線でダイヤルQ2を使用してネットに繋ぐのは、お世辞にも快適な環境ではなかったが、恐る恐るDLCを落としてみたり、初めてAmazonで買い物をしてみたりした経験は、本当に刺激的で良い思い出でしかない。あの頃の回線の遅さを知っていれば、今のスマホなど、どれを使っても神速としか言いようがないだろう。

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※家電屋で湯川専務を受け取った時のワクワクと照れ臭さは忘れ難い

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※当時ハマっていた「天からトルテ!」を貼り付けているのはスルーして頂きたい...



秋元康に託した広告もキャッチーで、謎の渦巻きロゴや自社の専務を前面に押した自虐CMにより、ドリームキャストは一般層にバカ売れ。ところがその連中はネットが簡単にやれる機械だと勘違いして買ったに過ぎず、ゲームそのものを買う気が無い。ソフトが売れればトントンという赤字覚悟の価格設定にセガとドリームキャストは押し潰されていった。ゲーム機は量産体制が整うまで赤字しか産まないのだと、身を以て知らしめてくれた初めてのコンシューマ機でもあるかもしれない。

湯川専務がデカデカとプリントされた箱を家電屋から持ち帰って時のワクワクと照れ臭さは未だに色褪せない。あの頃の夢を支えていたのは間違いなくドリームキャストだった。既にPSで成果を得ていたメーカーは参入に及び腰だったが、そのお陰で日の目をみた作品も沢山あって、本当にセガらしい個性を堪能させてくれるハードであったから、これからというタイミングでいきなり撤退が発表された時の衝撃の大きさは言うまでもない.....



時期的にアレだったノストラダムスの大予言を題材にしたサスペンスADVの「July」。特出したシステムは無かった気がするものの、世紀末に漂っていた形容し難い雰囲気を活かした佳作だったと思う。無性に好きだった。


猫の兵士を引き連れステージを制圧していくアクションゲームで、兎に角世界観がシュールでキャラが可愛かった「戦国TURB」。せっかく育てたキャラが死んだ時の落胆たるや.....


ロムが何処まで本気だったが分らないが、ロボのデザインが好きだったなぁ「フレームグライド」....


林田球によるコミカライズも面白かった「魔剣X」。PS2に移植されたのは切なかった.....


※あえて地味な作品しかあげていないけれど、ファンタシースターやソニックなどのセガブランドも沢山ハマったことだけは言っておきたい....




セガが退場し、台頭したのはXboxだ。初代は高スペックな割にあらゆる点において使い勝手が悪く売れなかったが、後継機である360は世界を席巻した。日本でもある程度の成功は果たすも、PSの復調でシェアをどんどん落とし、現時点で家庭向けハード中最高のスペックを誇るXbox One Xですら、発売日に予約すら受け付けていない店舗が多かった。もしセガとMicrosoftの協力関係が強まっていたら、国内での展開もセガを通し円滑に進み、Xboxは今よりずっと日本でメジャーな存在になれていたのだろうか?ドリームキャストですらMicrosoftの支援で生き長らえただろうか?それとも両者の関係が続いていたら、Xboxそのものが存在しなかっただろうか?

あれから20年が過ぎたという事実を前にして溢れるのは取り留めのない“もしも”ばかりである。セガ製ではなくソニーやMicrosoftの機械でシェンムーが遊べてしまうことも手放しには喜べない。ドリームキャストは全くもって悩ましいゲーム機だった。せめて性能的な寿命を全うしての撤退であったなら、こんな未練とも無縁だったのだろうか?....





早過ぎた名機などと呼称してしまっては、ピピンアットマークユーザーに怒られるやもしれないが、俺にとっては正しくそうだったのだから仕方ない.......20thおめでとう.....もっと晴れやかな気分で祝いたかった......でも無理だよね?.........
posted by lain at 07:18北海道 ☔ゲーム

旧友との苦々しい思い出が蘇る一品「冥王計画ゼオライマー」平野俊弘(監督)/會川昇(脚本)/AIC(制作)/感想

今日は1日、現在放送中の作品をそっちのけで、空いている時間の全てをゼオライマーの視聴にあてていた。

正直言って、作品そのものへの思い入れは強い方ではないのだが、この作品を大好きだと公言していた旧友を思い出してしまい、30周年をスルーする気にはなれなった。

※ダイジェストっぽい動画。公式でPVやトレーラーが存在しないアニメは、こういう時非常に困る....



電子の世界で70%のシェアを誇る企業が、実は”鉄甲龍”という秘密組織の隠れ蓑で、15年もの年月をかけて八体の巨大ロボを建造し、世界征服をしようと目論むものの、裏切り者の手により1体のロボットが日本政府へと渡る。主人公である”秋津マサト”は拉致監禁され、ロボットでの戦闘に躊躇いが生まれぬようにと、養育費を受け取る両親を見せつけられ、自分が試験管ベビーであることも知らされる。

自分はゼオライマーに乗る為だけに存在するのだと思い知らされたマサトは、政府の望み通りの戦いを繰り広げるのだが、彼の中の狂気が目覚め自体は急変していく....



もう兎に角、こんなことして誰が得をするのか分からない作品なのが凄い。世界征服を心から望む者など最終的には何処にもいないし、自分を作った科学者の呪いを一身に受けた主人公が、死亡フラグ立てまくりの悪役側を蹂躙するのである。マサト本人の思い出らしい話など一切語られず、育ての親の情が垣間見えるシーンも皆無な中、敵である秘密組織鉄甲龍の面々は、どいつもこいつもベタなほど人間らしい悩みを抱えながら、勝てないかもしれない相手に立ち向かってゆくのである。必然的に負け試合へ挑む側を応援したくなっていた。秋津マサトは言うなればシャアではなくアムロであったし、碇シンジでもあるだろう。同情の余地はあるが、好きになれない理由も少なからず存在するのだ。全ては一人の狂気が生み出した茶番であることが分かりだすと、マサトへの気持ちも高まりだすが、やはり運命に逆らえなかった者たちの方が、圧倒的に愛おしくなる話だ。

下手な横槍を許さない潔いナレーション(時々大真面目なのが笑える瞬間がある)や、シンジくんなどまだVIP扱いでしかない秋津マサトの招集のされ方の酷さであるとか、本当は全て仕組まれたことであったという虚しい収束のさせ方もさることながら、アクション描写もこれぞ平野俊弘の決定版というべきものになっている気はするのだが、少々淡白に幕引きしたことが、胸の何処かに引っかかっている。元々の設定だけを活かし、ほぼ別作品になっているOVAだが、当時打ち切り状態で連載を終えていた原作に肉付けすることが難しかったということなのだろうか?決して未完だとは言わないが、余韻に浸る猶予が欲しかったという気持ちに嘘はつけない。ただ、こうした詰めの甘さすら、人々の記憶から消し去るのに30年では足りない作品へとゼオライマーを押し上げている要素の一つになっているのは間違いないだろう。



成人向けの雑誌に連載された漫画のOVAが、まさか口コミでここまで息の長い作品となり、ファンの語り草となってスパロボにまで登場するとは、旧友の”あの男”も思わなかったはず。

くだらないことで疎遠になってしまったが、彼のお陰でゼオライマーを知ったことには本当に感謝しているし、きっと何処かでゼオライマーを観ているであろう彼が壮健であって欲しいくらいには、まだ想っている。

改まって連絡を取るような柄でもないが、いつかどこかで出会ったら声をかけてやりたいものだ。

見直したら結構楽しめてしまったぞと........







posted by lain at 22:22北海道 ☔アニメ