久々に試された大地

昨日の早朝とも深夜とも言い難い午前3時頃、ぐらぐらと家が揺れた。

目が覚めるくらいの揺れではあったものの、これくらいなら大丈夫だろうと寝直した。



朝起きてTVを観ると、札幌周辺では震度6に達していたという。山が崩れ、家は傾き、大地は歪んで裂けていた。ただ「これは酷い」そう思いつつも、まだ電気も水道も無事(僕の住む旭川の中心街とは電力供給元が異なっていたのと、地下水を利用していた為)な為、実感は薄かった。


ようやく大事だと感じたのは通勤路をいつものように車で走り出してからだ。信号が軒並み赤でも黄色でも青でもなく、光ることをやめていたのである。基本的に道路は車線が多い方が優先という考えなのだが、同じだけ車線があったらどちらが優先とも言い難い。皆慣れない事態に譲ればいいのか奪えばいいのか戸惑っているようだった。

コンビニは勿論、普段はあまり混んでいない朝のマクドナルドも忙しそうで、停電の影響でスムーズに給油が出来ないのかスタンドには長蛇の列が出来ており、地震そのものによる直接的被害はほとんど出ていない旭川でも、停電しただけでこれほど落ち着きを失うものなのだと痛感させられた。

地震が直撃した土地は本当に大変だろう。様々なインフラへのダメージも少なく無いし、食料の備蓄が少ない人、外食に頼っていた人などは、食べることすらままならなくなる。

海沿い以外はあまり地震に苦しめられて来なかった北海道。今回ばかりは他人事に出来はしない。






第一次産業が盛んな土地であっても、分業が進み農業を営む人は減っており、こういう災害時に自給自足で乗り切れる人も当然減っている。今日明日のうちには電気が戻ってくれば、閉じていたお店も通常営業を再開するのだろうけれど、それでお終いにしてはいけないのかもしれない。

電力供給の不安定さだけでなく、電気に頼った社会そのものも見直した方が良いように思う。ネットでしか読めないものを書きながら言うのもなんだが、電気が死んだらほぼ全てが死んでしまう社会など健全であるはずがない。それではまるで我々自身が機械のようだ。




不便にならないと気づけないこともある。目の前にある便利さが絶対だと錯覚しては駄目だと改めて思った。

僕らはやっぱり、地球に許された気になって、ただ無邪気に遊んでいるだけの存在なのだ🌏
posted by lain at 06:51北海道 ☔雑記