たまにはイギリスのドラマも悪くない『THE INNOCENTS/イノセンツ』Netflix/海外ドラマ/感想

ウチの母は自分の思い通りに子供が動かないと直ぐに腹をたてる人で、身体が元気だった頃は結構酷かった。

食事以外の家事全般は当たり前にやらせるし、結構な大きさの納屋を建てるのまで父親抜きでヒステリックに手伝わせた。テストで良い点をとってもケチをつけ、食事に使う調味料の種類にまで文句を言われた。それでも自制心が働いているうちはマシなほうで、自家製の果実酒を飲み出したら姉弟共々名前を呼ばれないことを祈るしかなかった。


心身が衰えた今は、だいぶ穏やかになった。お陰で身に付いたこともあるし、子供3人の世話を母に任せ切りだった父がそうさせていた側面も少なからずあるから憎悪とかそういう感覚はない。

だから、このドラマのお父さんが過保護過ぎるのも分かるし、子供達が解放されたがっているのも痛いほど分かるつもりだ。



娘のためだと家族揃って田舎へと引っ越そうとする父親の元から、16歳の誕生日を迎えた少女は愛しい人と共に逃げ出す。ところが逃避行の途中で、父に家を追い出された母の代わりに迎えに来たという怪しげな二人組の男に遭遇し、もみ合いの末、相手の一人を殴り倒してしまう。殺してしまったのではないかと項垂れる駆け落ち相手の少年をモーテルへ残し、少女は男の生死を確かめにゆくのだが、そこで少女は自分の隠された能力に目覚めることになってしまう......




1話の冒頭で分かることだからさっさと言ってしまうが、少女に隠された能力とは誰かそっくりに変身出来る能力である。しかも変身している最中は相手が自分といるような感覚があり、しかも向こうは身動きが出来ない状態に陥るというからタチが悪い。変身いうと、それを悪用しようとする組織が登場するような派手な物を連想するかもしれないが、そこは欧州らしく在るものを活かした地味な絵作りで、少女が元の姿に戻る場面以外特殊撮影もほとんどなく、シンプルに人間ドラマをやっているから逆に新鮮さを感じてしまった。


能力者である少女と、それを知って戸惑う少年共に、父親との関係に問題を抱えており、父親が望む自分ではなく、自分が望む自分になりたかっただけなのに、思いがけない試練が待ち構えていた2人がどう成長していき、周囲(家族や能力者を護ろうとする人達)は彼らの決断から何を学び取っていくのかが見所になるのかもしれないが、実は度々変身の被害者になってしまう髭モジャの男が1番の見所だと断言しよう。


使命を果たそうと必死過ぎて、自分が傷つこうと誰かが傷つこうと御構い無しに少女を追う姿もヤバイが、少女が髭モジャに変身した際の見た目は汚いおっさん、でも中身は16歳の少女という怪演が兎に角面白い。Jóhannes Hauker Jóhannessonという人らしいが、個人的にはこういうおじさん応援したくてたまらない。

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鏡の中では元の姿のまま

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いきなりこんな姿になったら気が狂ってしまいそう....




Actor Jóhannes Haukur Jóhannesson, 90 sec showreel. from Jóhannes Haukur Jóhannesson on Vimeo.


Jóhannes Haukur (@johanneshaukur) | Twitter https://twitter.com/johanneshaukur




結局おじさんに注目してしまうという暴挙に出てしまったが、たまにこういう短い話数のイギリスドラマを見るのも悪くない。


ほんと地味で地味で地味ではあるのだけれど、街並みや自然の見せ方がほんとに綺麗で、ちゃんとお国柄を出せているのが良いと思う。


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こういう生活に憧れがないと言ったら嘘になる



まだ2話までしか見ていないけれど、オチには期待せずマッタリ楽しみたいシリーズになりそうだ。





インドア派が絶対に護らなければならないのは、推しでも財布の紐でもなく『眼』じゃなかろうか?

来る日も来る日もスマホにタブレットにPCから据え置きのゲーム機まで利用する僕は、肩や腰だけでなく目のあげる悲鳴にも耳を傾けなければならないのだと、最近ちょっと思わずにいられない。


休憩を挟んだり、時間を制限したり出来れば1番良いに違いないのに、目がしょぼしょぼになり疲れ切って寝落ちするまでやめられないほど自制心はガラクタで、じゃあどうしたらマシかと、これまで目を護るのに色々(サプリメント、眼鏡、目薬等々)と試してはみた。初めて目に気を使って買ったのは、確かPC98のモニター用のシールドだったように思う。なんの光を遮断するものだったか一切思い出せない。当時のモニターの光をそこまで気にしていたのだから、つい顔の近くまで持ってきてしまうスマホやタブレットには、更に警戒して然るべきなのに、これまで物理的な対処などしていなかった。自分でも意外である。

数年前にスマホが発するブルーライトを少しカットしてくれる眼鏡をJINSという会社が発売した時は直ぐに群がったものの、眼鏡をかけ続ける疲れが勝って長続きはしなかったが、今またブルーライトを浴び続けることで失明のリスクが高まるとの研究結果が発表されたことで、眠っていた危機意識に火がついた。スマホとタブレットにはブルーライトを90%カットする強化ガラスフィルムを貼り、各社が販売するブルーライトカットのメガネの中でも、カット率が高めで安価だったエレコム製の物を即購入。ビビりの財布の紐はあっさり緩むから恐ろしい....

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写真のはiPad用のフィルム







いつからだったか、ケースも着けなければフィルムも貼らず裸持ちにしていたiPhone。だからフィルムを貼るのも久しぶりで軽く緊張したものの、ガラスフィルムの硬さのお陰かすんなり成功。パッケージからフィルムを取り出す瞬間から青さを放つだけあって、明るい場所だと非常に画面が青く見える。でも見辛いとか不快であるとか、そういうレベルでは無いと思う(ブルーライトをカットしているため明るさを失うのは仕方ない)し、ガラスフィルムだから指先の感触が非常に良い。

ただフィルムが若干厚く今のiPhoneの端が曲面のためフィルムがそこまでカバー出来ず、画面端からスワイプして表示させるコントロールセンターが横向きでの使用だと段差のせいですんなり行かない場合が多い。

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で、肝心の目の疲れの軽減はどうなのか?と言えば、正直よく分からない。結局長く使っていれば同じだけ疲労する。エレコムのブルーライトカット眼鏡にしても、やっぱり眼鏡をかけること自体にストレスはあるし、プラスチックの頼りないレンズを使用し続けるリスクというのもありそうな気がしてならない。眼鏡を外したとき、モニターが一際明るく感じたから、しっかりブルーライトはカットしてくれているとは思うけれど、失明云々が回避出来たかどうかが分かるのは遠い未来になることだろう。

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下のフレームがないのは良いが、型から外したあとの細かなバリが除去されておらず角が若干痛い時がある




常識などあっさり覆るものだし、ブルーライトに関してもどうなるか分かったものではないけれど、やれることを今やらずに後悔するのも癪に触るし、実に面倒な男だなと自分で自分に呆れてしまう。

長生きはしなくても良いけれど、死ぬまでは快適に生きてみたい。

ほんと、我儘ですね...


posted by lain at 07:12北海道 ☔雑記

Twitterでフォロワーと揉め絶縁した男の業は、そこそこ深い(浅い)

昨日久しぶりに一人のフォロワー(Twitter)と絶縁した。

この呟きが気に入らなかったらしい。





例のダムで女性の遺体が見つかったニュースで、女性が自分を害するであろう男と仲良く歓楽街を歩く様子を目にした時の呟きだ。

生前”人生はやっぱり金”という価値観で、女であることを利用して稼いでいたという女性が、いずれ自分をダムに捨てる男と身体を寄せ合い歩いているのを観て、彼女に1ミリの落ち度もなかったと考える方が無理な話だと思うのだが、そのフォロワーにはそうではなかったようだ。

なんのかんのと託けて、結局のところ女性を指名するようなお店で働く人への偏見を感じて腹を立てたような口ぶりだった。正直言って僕には全くもって誇らしい仕事には思えないし、金を稼ぐならもっと違うやり方だってある。犯人は当然”そういう”職種の女性を狙ったわけだから、そんな仕事をしていなければ死なずに済んだのは事実だろう。犯人が無作為に選んだというのなら身を守るのは難しいが、今回の件は少なからず被害者にも地雷原に入っていくような迂闊さが微々たるものでも存在しているわけで、それをあっさり否定出来るものではないだろう。




犯人は当然クズだ。夜のお店だってお客さんと良い関係性を築いているところだって沢山あるだろう。だが、それはそれ、これはこれだ。もしかしたらこんな結末は避けられたのではないか?という遣る瀬無い気持ちが被害者に向いてしまっただけの話である。

そもそも、そのフォロワーはいちいち人様の考えを改めさせたくて仕方ない様子だった。自分が見る光景は自分の望む通りで無ければならないらしい。ならブロックでもなんでもすれば話が早いのに、僕との不毛なやりとりを望んだ。自分は偏見も差別もする人間で、快く思わないものは誰に言われようが変わらない。当然それが気に入らない人もいるだろう。だがそれはそれで良い。僕を嫌いな人にいちいち自分を好きになって貰ったり、好きになって貰おうだなんて思わない。違う人間なのだ、考えが違って当たり前である。でも、その人の考えを押し付けられるのだけはまっぴらごめんだ。他人にも自分と同じであって欲しいと願うのなら、ヒットラーでもフォローすれば良い。あの時代にはTwitterどころかネットも無いだろうけれど。





「人のふり見て我がふり直せ」という言葉があるが、「人のふり見て他人のふり直せ」の方が近年目立つ。

相手と死ぬ時までの付き合いになるくらいの関係であればそれも良いだろう。情の為せるわざだ。だがTwitterはそんな場所ではない。

互いに好き勝手に呟き、それが気に入ればフォローして、気に入らなければフォローを外したりブロックして風景を変える場だと僕は思っている。

当然僕が思っているだけなので、そう思わない人はそれで良い。


ただ、僕の見る風景にそう思わない人は必要ない。

それだけは確かだ。
posted by lain at 06:44北海道 ☔雑記