生き様にオリジナルもレプリカもない「メガロボクス」森山洋(監督)/トムス・エンタテインメント/3×Cube(制作)/感想

本作の元ネタである「あしたのジョー」は、自分の世代より若干上の層のヒーローだが、原作もアニメ版も超が付くほどの方が手掛けていたから、観る機会に事欠かなかった。再放送とか再放送とか再放送とか。


流石にTVシリーズを振り返るのはしんどい(1期79話、2期47話)ので、1期目は劇場版を見て、2期目だけを全話観たような気がする(どちらもWOWOWの一挙放送だった)全話内容を知っているファンであれば、大事な部分が抜けているから劇場版は駄目だと不満を漏らすかもしれないが、後から作品を知った者にとって、短い時間にギュギュッと良さが集約されている劇場版の存在は”助かる”の一言。それでなくとも昔のアニメは話数が多いため、それを理由に敬遠しがちだ。あの時代のアニメ業界に劇場版を作る発想が存在していなければ、イデオンもうる星やつらもヤマトも見ようという気にならなかったかもしれない。




そんなあしたのジョーの連載開始から50周年を記念して作られたのが「メガロボクス」なわけだが、原作をリスペクトしつつのオリジナル展開のバランスは絶妙で、富める者が住む街から弾かれた地区で、強過ぎるがゆえにまともな試合が出来なくなった八百長男が、”本物“のメガロボクサーと出逢い頂点を決める舞台へと上り詰めていく話になるのだが、周囲に存在を認めて貰えないような状況から這い上がる図太さが、まさしく俺の知るあしたのジョーそのもので痺れた。


シチュエーションだけではない。ジョーのトレーナーを務める南部贋作や、ジョーのライバルとなる勇利のスポンサーである白都ゆき子などは、あしたのジョーで同じ立ち位置となるキャラそっくりの姿で、ついニヤリとさせられた。普段なら、こういったやり口は鼻に付いてしまうところなのに、何故かメガロボクスはそんなこともなく楽しめたから不思議だ。ただ原作をなぞるわけではなく“俺ならこうする”という作り手の気持ちが随所で見られるからかもしれない。ジョーがカウンターに賭ける理由がギアと呼ばれる機械無しで戦うことになるからだとか、親の仇を討ちたくてジョーに肩入れする男の子の存在だとか、外れ馬券をお守りとしてボクサーに託す南部贋作の筋の通し方だとか、どれをとってもメガロボクスならではで本当の本当にグッと来たものである。NakamuraEmiの「かかってこいよ」で駄目押しされて何度泣きそうになったかしれない.......




終盤ちょっぴりリング上のシーンが淡白に感じられたが、優しい幕引きに心は温かくなった。力石の最後を知っている人は、勇利の最後に物足りなさを感じたかもしれない(自分はそう感じていた)が、全てが終わる頃には、これはこれで有りだなと思えたのではないだろうか?


きっと続編は期待出来ないだろう。そもそも作る必要もないのかもしれない。とりあえず、わざと往年のアニメのような描線を選んだという、本作が監督デビューとなった森山洋んへの今後に期待は膨らむ。風貌も味があって忘れ難い。

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スペシャルインタビュー第1回 監督:森山 洋「好奇心を試す。それが『メガロボクス』」

羽原信義監督×森山洋監督「メガロボクス」「宇宙戦艦ヤマト2202」 名作復活の裏側は…





いまやハードボイルド作品唯一の受け皿となっているトムスにも有り難うと言わせて下さいo┐ペコリ 
posted by lain at 06:52北海道 ☔アニメ