苦い薬にオブラートは要らない「DEVILMAN crybaby」永井豪(原作)/湯浅政明(監督)/Netflix/感想

この世には数多くの恐ろしい作り話が存在し、キャンプ場を恐怖に染めるマスクの男、夢の中で人を殺そうとする殺人鬼、TVの中から現れ人を呪い殺す黒髪の女、等々の恐怖の象徴として化け物が登場するわけだが、彼らが恐ろしく思える本当の理由は突然現れ無差別に人を殺すからではなく、それらが元々人間であったという事実なんじゃないかと思う。


化け物だから化け物なのではなく、同じように泣き笑いしていた者を辛い経験が化け物に変えてしまっただけなのだと知った時、じゃあ自分は大丈夫なのか?と考えてしまう人は少なくないだろうし、漠然とした不安を覚える人は多いはず。


そんな人間の弱さの連鎖をこれでもかと見せつける作品こそ「デビルマン」なのである。







近年のアニメのティストで再構成されたデビルマン”crybaby”は、ほぼほぼ原作通りにストーリーが進行する。悍ましいパーティ会場で悪魔の存在を知り、生き残るため自らの身体に悪魔を宿してしまった主人公”不動明”が人間であろうして悪魔狩りを続けるのだが、信用していた親友に裏切られ守って来たはずの人類に追い立てられ、守りたかった物を全て失い、怒りに身を任せ戦い尽くす展開は強烈で、作り手が変わっても尚揺るがない原作力の凄さを感じたし、湯浅政明監督率いる製作陣の仕事には脱帽するしかなかった。現代風にアレンジするのに、脚本の 大河内一楼さんも相当苦心したに違いない。



僕が原作を読んだのはそれほど前の話じゃない。10数年前にたまたま機会があって全巻まとめて読んだ気がするようなしないような時期に関しては曖昧だが、所詮古典だと思って読み始めたら過激な性と暴力の描写と容赦のない絶望の波に度肝を抜かれた記憶だけは鮮明だ。おそらく今の10代20代が読んでも同じような印象を持つだろう。今回のアニメ版は残念ながら地上波では放送されていない。だから原作を読んでみるなんていう選択も悪くないはずだ。



あれもダメこれもダメと蓋をする現代をぶち壊せるのは、やはり創作の世界からなのだろうと思う。表現豊かな作品の中に自分を見つけ、ほんの少し先の未来を予測出来れば、目先の危険にヒステリックな声を上げる必要もなくなる。その助けに本作が繋がれば良いなと思った。







posted by lain at 07:15北海道 ☔アニメ