僕の体の70%はメタルギアでできている?

昨日7月13日を以って、メタルギアが30周年を迎えたと知り、ついメタルギア関連の動画を観ていたら寝落ちしてしまった。

一つ観ると、また一つ、もう一つと気になる動画が出て来て止まらなかった。

ほんと、男はみんなメタルギアが大好きだ。




今回30周年を迎えたのはMSX版の初代メタルギアだ。

MSXと言えばキーボードと本体が一体型になっており、それをファミコン同様にTVへ繋ぎ使用出来る画期的なPCで、店頭にディスプレイされている物には必ずと言って良いほどゲームが刺さっており、家電屋に行ったらよく遊んでいたのを思い出す。

ただ、MSXはゲーム機としてもPCとしても中途半端で持っている人は本当に少なかった...





メガドライブを愛して止まないユーザーがいるように、MSXを忘れられないユーザーも大勢いるわけだけど、そんな人たちにとってもメタルギアというのは大きな存在だったに違いない。ガンガン弾を撃って群がる敵を薙ぎ払うようなゲームが多い中、まさかの撃たない方が楽に進められるゲームが出るだなんて誰も思いもよらなかったはず。

のちに、メタルギアのこそこそ隠れて進めるスタイルはハードのパワー不足による逆転の発想であったことを小島秀夫監督は口にしている。非力なMSXで出すと決めなければ生まれることが無かったシリーズが、今では世界中で愛されるタイトルになっているというのは皮肉な話だ....





海外ゲームの規模が大きくなり、技術の先端を行くようなタイトルを作る体力が日本国内に無くなって久しいが、メタルギアの版権を持つコナミも低予算で大きな利益を産めるスマホ向けの開発に舵を切り、小島秀夫監督の首も切った。あれやこれやと制限を強いて、利益率の大きさばかりに注力するコナミにとっては、夢ばかりを追う小島監督は目の上のたん瘤だったのだろう。とても円満とは思えない別離に、僕を含めたメタルギアファンの憤りは未だに収まっていない。

しかし、その別れのおかげで良い出会いをし、新たなゲームの開発を小島監督以下コジプロの面々が伸び伸びと行えているのだと思えば悪いことばかりでは無いのだが、新しい小島秀夫製メタルギアが拝めない可能性が高いのは非常に残念だ....

コナミにほんの少しでも良心があるのなら、シリーズを汚すようなメタルギアは絶対出して欲しく無いし、どうせなら散々貢献して来た小島監督に版権を譲渡するくらいの心意気を見せて欲しい。

まあ、きっと利益になるうちは手放さないでしょうが.....






こんなにモヤモヤする30周年は嫌だ。

来年にはMGSシリーズが20周年だというのに....

小島監督には是が非でもコナミが謝りたくなるくらいの成功を『デス・ストランディング』 (Death Stranding)で収めてもらい、堂々とシリーズの版権を奪い取って貰いたい。

その時が来たら、メタルギアの生誕を改めて祝うとしよう














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posted by lain at 07:14北海道 ☔ゲーム

夏い夏いと言っても春だって終わって無い人がここにいる〜2017春アニソン〜

蒸し暑い夏がいつの間にやら始まり、肉体労働メインのお仕事な僕は、家に帰ると気力が湧かない。録画したテレビ番組の消化もおぼつかず、夏アニメどころか春アニメも見終わっていない....


だから春アニメに対して言える事はあまりないけれど、地味にOP・EDが良い作品があったような気がしたから、忘れないように書いておこうと思った。





作品は微妙でも、曲が良い作品もちょくちょくあるもので、例えば「終末なにしてますか?(以下略)」なんかも、雰囲気出したい時の曲は良いのに、シチュエーションを活かしきれていない作りが足を引っ張っていて実に惜しいと思ったものだけど、概ね良い作品は音に対する作りも良い。それは勿論OP・EDの曲にも表れる。


特に個人的にはED曲が好きで困る。先に書いた「月がきれい」のED「月がきれい」(まんま)は今が旬の”東山奈央”の表現力と可愛らしさのバランスが絶妙なうえ、思春期の恋のきゅんとしてしまう切ない感じにぴったりで素晴らしかったし、同じような理由で「サクラクエスト」のED「Freesia」も本編後に聴くことで200%良い曲に感じる仕上がりだった。







楽曲の出来が良いと、EDのアニメーションもそれに負けじと拘りを見せるもので、本編で一切見せることのなかったテイストにした「ゼロから始める魔法の書」「アリスと蔵六」「進撃の巨人2期」などが印象に残った。コトリンゴの素晴らしさは言うまでも無いが、神聖かまってちゃんも時々こういう曲を上げて来るから馬鹿に出来ない。本当に天才と馬鹿は紙一重だ......



※EDの絵入り動画は軒並み怒られて消えているようである





そして、曲とアニメーションのテンポの小気味良さなら、生まれ変わった「笑ゥせぇるすまんNEW」のOP、「神撃のバハムート VIRGIN SOUL」のスタイリッシュなOPとキュートなEDで決まりだと思う。「笑ゥ」は高田純次さんの力が抜けたエンディング曲も最高ではあったけれど、やはりNakamuraEmiの切れ味が光っていた。彼女は今、曲作りが楽しくて仕方ないだろう。











あえて作品の為に発注した物と、ただの大人の事情で選ばれた物とでは、作品に対する浸透圧がまるで違うから、お金集めや人付き合いを理由にアーティストを選ぶ行為は個人的に好きではない。可愛らしい声優ユニットが歌うテーマ曲などは好きではあるものの、作品に合う合わないはしっかり考えてやって欲しいし、何より本編が低調では意味がないとも思う。

アニメも商売である以上、見る側作る側という分かり易い構図で割り切れない物だし、誰もが望んでいた通りの仕上がりになるはずも無いけれど、だからといって高い場所を目指さないのはつまらない。


限りある人材を無駄に浪費することなく、これから先もこういった作る人も見る人も幸せになれる作品が続いて行けば良いなと願うばかりだ。








「今はまだ、大丈夫」


そう考えるのが一番危ういのかもしれないし、その危うさを絶対許さないような風潮こそ未来を閉ざす選択かもしれない。


まっこと難しい今の時代、阿呆になった者勝ちというのが正しいのでしょうな。


僕は有頂天家族の"たぬき"になりたい。


あーだこーだと言ってもアニメをやめられないのも、阿呆の血のしからしむるところだろう。






posted by lain at 07:15北海道 ☔アニメ

堅苦しく書いているけど、要するに爺ちゃんに可愛がって欲しかっただけの俺「アリスと蔵六」今井哲也(原作)/桜美かつし(監督)/高山文彦(シリーズ構成)/J.C.STAFF/感想

僕は”祖父”という物を見たことがない。

1人は僕が物心つく前に亡くなり、また1人は父が子供の頃に祖母とは別の女性と消えた。



こんな風に書くと、下手に同情されることもあるわけだけど、当の本人からすると祖父というのは両親と違い、初めから居ないとなるとそれが当たり前になってしまうし、周囲から悪く言われるようなことも無かったから特に気にしていなかった。自分の親が蒸発した父の方が、よほど傷は深いに違い無い。僕などが被った迷惑は、せいぜいお年玉の額が少なかったことくらいだろう。

ただ、時々、祖父が居たらどうだったのだろう?と考えないでも無い。祖父に対し嫌悪を抱いている父もまた、それほど良い父親とは言えない人で、子供の頃あまり構ってもらった記憶がない。平日は仕事だと言って遅くまで帰って来ないし、日曜はパチンコに入り浸り。家に居ても自分が気が向いた時だけ子供を構うだけ。いつの間にか居ても居なくても構わない、そんな存在になっていた。父の父がまともな人であったなら、父も僕ももう少しマシな人間になっていたのではないかと思ってしまうのだ。



風の噂で不貞を働いた祖父も亡くなったと聞いた。時が経って父に対する蟠りがだいぶ薄らいだように、父も祖父に対する怒りは和らいだかもしれない。血筋のせいにしても仕方ない話だが、血を完全に無視出来るわけもないから困ったものである。

”蔵六”という家族を手にいれた”紗名”を見ていたら、そんな取り留めのないことを考えてしまった。




自分の想像した世界を物理的に具現化出来る少女”紗名”が、自分の力を利用しようとする連中の元から逃げ出し、頑固一徹な”蔵六”と出会って、人として成長してゆく優しい物語だった。

前半はバトル物の様相を呈しているものの、終盤は力を持て余す少女達の心模様をじっくりやっているため、かなり視聴者は振るい落とされたのでは無いかと思った(個人的には最高の幕引きだと感じた)危うい少女達の闇を、あっさり祓う蔵六の深い優しさに、紗名でなくとも泣きそうだった(実際には泣いた)

終盤の仕上がりはシリーズ構成を勤めた高山文彦おじさんの色が強く出ていた。誰も死なない展開なのに、無駄に人が死ぬ作品より空気を重く感じたし、最後に残る切なさの質感も高山さんの匂いがしたように思う。流石は林原めぐみに「仙人」と言わしめた伝説の人である。

コトリンゴのEDも素晴らしい



あまり気にしていないつもりでも、心の何処かでは祖父という存在に興味があるのかもしれない(渋いおじさんや融通の効かない爺いキャラが大好きなのも、その反動か....)僕も蔵六爺さんのような人に生き方を教わりたかった。いじけた根性を叩き直してくれたことだろう。

もう高校生の子供が居てもおかしくない年齢でありながら、何を言っているのだろうと我ながら苦々しく思うけれど、大人だの子供だのという線引きは無益なのだと、人生も折り返し地点に到達する今ならはっきり言える。年老いることで身体や精神は確かに草臥れる。でもただそれだけの話なのだ。年を重ねるだけで偉くなれるというのなら、日本における高齢者の扱いも、もっと素晴らしいものになっているはずである。




完全な人になる必要もないし、大人になる必要もない。

ただ、当たり前のことを大事に出来る人間でありたい。そんな風に思わせてくれる作品だった。

それだけは間違いない。












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posted by lain at 07:22北海道 ☔アニメ