我が青春のOVA1987 #6 「ロボットカーニバル」1987年/バンダイビジュアル/懐アニ/感想

CGなんてものがまるで使われていない時代、兎にも角にもアニメーターはペンを片手にひたすら絵を描いていた。

来る日も来る日も描くのである。辛いことだって多いだろう。

それでも彼らは描き続けた。

何故か?....



きっとその答えがこの作品にはあるんじゃないかと僕は思った。



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バンダイチャンネル作品紹介ページ ロボット・カーニバル




まずメンツを見て欲しい。大友克洋森本晃司大森英敏梅津泰臣北爪宏幸大橋学北久保弘之なかむらたかし、という監督陣の名前を見て、誰1人知らないと口にするアニメファンがいるとは思えない。更に言うとスタッフには貞本義行や前田真宏、久石譲、ちょうどお騒がわせ中の浪川大輔も子役で出ていたりもする。完全にオリジナルのロボットにまつわる短編だけで構成したOVAを世に出すだなんて、今ではまるで考えられないことだから、それを決断した当時のバンダイビジュアルも大したものである。

どの作品も70〜80年代のSF色が色濃く出ていて、中には明るい物、優しい物もあるけれど、少々苦味のある作品が多いのも個人的にはご馳走で、天災のように町を蹂躙していく馬鹿でかいプラントのようなロボットのお祭り騒ぎを描いたかと思えば、フランケンシュタインを題材にした作品で技術を追い求める喜びと危うさを演り、同じように生命を生み出しながらも己の弱さに負けた哀れな男の最後をしっとりと見せたりと、1人の監督だけでは絶対叶わない彩りが面白いパッケージになっている。



ビスやケーブル一つ一つの描写に拘る人、一枚絵の存在感をアニメとして活かす人、それぞれがいかに自分の持ち味を活かすかを考え抜き、やりたいことをやれるだけやったというのがちゃんと伝わるアニメになっているのが見ていて一番嬉しくなる。スポンサーだの原作者だのの顔色を伺っていたんじゃ、絶対この光景は生まれないだろう。アーティスティックな自然表現が素晴らしい大橋学さんの「CLOUD」だって人目に触れることがなかったはず。ロボットカーニバルは限りなく偶然性が強い必然が生んだ奇跡そのものだ。





ロボットカーニバルが通り過ぎたあとには何も残らない....みたいな表現で大友克洋さんは自分達の作品を自負してみせたが、"こなす"だけの人間には到底創れない本作を見て、何も感じないアニメーターがいるはずなく、彼らが踏み鳴らした大地には、しっかりと新しい芽が芽吹いている。


あの時代は良かった.....なんて言ってアニメを見限るにはまだ早い。いくら作業環境が悪かろうと、アニメを作りたい人がいて、それを観たい人がいる限りアニメの火が消えることはきっと無いだろう。





今この瞬間にもペンを走らせる人達がいる。


あの日見た風景を求めて。


そう考えると、胸が熱くならないだろうか?








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posted by lain at 07:15北海道 ☔アニメ

夫婦という甘く切ない風景「青白く輝く月を見たか? Did the Moon Shed a Pale Light?」森博嗣/講談社/感想

やめるやめる詐欺ってわけでも無いけれど、嬉しいことに森博嗣さんはまだ本を書いてくれている。しかも物書きとしてのモチベーションを持ち直したかのように質も良い。新しいブログも始めたようだし、このまま生涯現役であってくれたら最高なのだけど、そればっかりは先生にも先生の人生があるから仕方なの無い話だ。




もう何度もここで書いているかもしれないけれど、森作品の中で今1番好きなシリーズは間違いなくWシリーズ。初の本格的なSFシリーズで百年シリーズとの繋がりもあるから実に楽しい。主人公は人間とウォーカロン(人工細胞によって作られた生命体)を見分ける研究をしている”ハギリ”という博士で、なぜか毎度のように命を狙われ騒動に巻き込まれてしまう。


人類がなかなか死ななくなり、子が生まれない未来を舞台に、人に取って代わるかもしれない存在(ウォーカロン、AI等)を交えた森先生お得意の命の定義を揺さぶる展開もさることながら、毎度命を狙われるハギリ博士と、そのボディガードであるウグイ女史との距離感の変化も見所で、最新刊である本作では夫婦同然の掛け合いに発展していて微笑ましかった。AIと人間の女性とを天秤にかけているハギリ博士を見ていると、Wシリーズは結構ラノベ気質なのかもしれないとか思ってしまった。実に羨ましい....


僕は女性に縁がない。というか、そもそもが縁を結ぶことが恐ろしくて仕方ない。でも、互いに想いあっているのに素直になれない者達の不器用なやりとりを見るのは大好きだ。ささきすばるさんとの夫婦仲も、ハギリとウグイのような距離感なんだろうか?気になる気になる.....






今朝テレビでニュースを見ていたら、長らくドラえもんを務めた大山のぶ代さんが認知症になってからも、ずっと寄り添っていて夫の砂川啓介さんの訃報が飛び込んで来た。大山のぶ代さんとの仲睦まじい様子や、妻を置いて先には逝けないと語る砂川さんの生前の姿に泣きそうになった。


「こんな夫婦にならなってみたい」


素直にそう思った....




どんな少子化対策よりも、こんな素敵な夫婦達を世に知らしめる方が効果的な気がしてならない。


まあ、あまりにも出来の良い見本を目にしてしまうと、「こうじゃなきゃいけない!」という気持ちが邪魔になって、逆効果かもしれないけれど........





青白く輝く月を見たか? Did the Moon Shed a Pale Light? Wシリーズ (講談社タイガ) -
青白く輝く月を見たか? Did the Moon Shed a Pale Light? Wシリーズ (講談社タイガ) -







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posted by lain at 20:24北海道 ☔小説

僕でも知ってる凄い人「ナイト・オブ・ザ・リビングデッド(原題 Night of the Living Dead)」ジョージ・A・ロメロ(監督)/1968年/感想

せっかくの連休を当然のように棒に振ってダラダラ過ごしていたところに、ゾンビ映画の先駆者である”ジョージ・A・ロメロ”監督の訃報が届いた。享年77歳である。宮崎駿(76歳)も危ないな...




僕がゾンビ映画をまともに観るようになったのは20代半ばのこと。友人が兎に角ロメロゾンビが大好きで、あれこれ見せられているうちに自分からゾンビ物を観るようになっていた。それまでもホラー映画は沢山観ていたものの、素人目に観てもロメロ映画は一味違い、醜く粘着質なゾンビの圧力以上に人間の悍ましさこそ恐ろしいかった。それはロメロ作品第一号の「ナイト・オブ・ザ・リビングデッド」でも存分に描かれている。






七人の男女が、夢遊病者のように歩き回り襲いかかって来る連中から逃れ同じ民家に逃げ込み、それぞれ生き残るための行動を取ろうとするのだが、意見がぶつかったり決死の脱出計画を実行しても足並みが揃わずピンチに陥って行くという、端的に説明するとありきたりなプロットだが、制作されたのが1968年であることを考えると、黒人の男が保守的な白人の男と衝突することには違う意味があるように思えるし、ヒロインに思えた白人の女が生き残らないことにすらなにかしらの意図を感じてしまう。

映画の中で、登場人物達が情報を求めてテレビやラジオをつけると流れるニュースのリアルな作りや、終盤のゾンビ(本作ではリビングデッドと呼ばれている)を処理する警備団と黒人男の最後、そしてエンドロールに至るまでの渇いた空気感にはなんとも言えないものがあり、ありがちなホラーの後味とはまるで違うから、今見ても価値があるなと思った。

本作にはロメロ本人も脚本・総指揮で参加しているリメイク版があって、ついでにそれも観直してみたのだけど、オリジナル版より娯楽性が増している分失っている物もあるが、より生者の負の感情の流れが鮮やかになっており、人間の醜さが存分に表現出来ているから、これはこれで面白いなとも思った。




ゾンビは社会的弱者そのものであると誰かが言っていたが、ウォーキングデッドを除けば今主流になりつつあるゾンビは少し様子が違い、脚が早く超人的な動きで人間を追い詰める姿は強者そのものだ。しかし、少し見方を変えれば、それだけ弱者が攻撃的にならざる得ない社会になってきている証拠とも言えるだろう。

ロメロ監督は、今のゾンビに、今の社会に、どんなことを感じていたのだろう?

そんな野暮を考えた。



どうか、映画が撮りたくなって墓穴から這い出ることがありませんように。

安らかにお休みください........🎥
posted by lain at 06:58北海道 ☔映画