だからは僕は”君の名は”を観に行かない

最近どうも恋愛物を観るのが辛い。昨夜などは観るのを再開した「orange」で年甲斐も無くジタバタしていた。

以前は漫画やアニメなら平気だったのに、今ではすっかり架空の存在にまで嫉妬する始末で、少女漫画からハーレムアニメに至るまで、自分より若い子が強い思い込みで特定の相手を好きになりいちゃついていると落ち着かない。38歳の童貞なら、そりゃ普通に辛かろう....と言われそうだが、理由はそれだけじゃなく所謂”純愛”というやつをしたことがないのが一番辛いのだ。


あの子も、この子も良いところがあるのに、何故”ひとり”を選べるのだろう?と、幼い頃から気の多い性格だった僕には、たったひとりを愛する気持ちが分からない。だからと言って手当たり次第に付き合うような根性も無いし、そもそも性的に興奮している自分と性器を女性に晒すなんてホラー映画より怖い(別に股間にクリーチャーを飼っているわけでも無いけれど)

これまではその『分からない』気持ちが恋愛への憧れに繋がって楽しめていたのだろうけれど、それが時と共に『分からなくていい』に変わって来たように思う。だから本当は凄く観たくてたまらない新海誠の「君の名は」も純粋に受け容れられるかどうか不安であるし、そもそも一般人受けも狙った本作だから、劇場にカップルが多そうで腰がひけて仕方ない。ひとりでカップルだらけの中へ突撃した猛者に幸あらんことを...



シン・ゴジラもズートピアも抜いた作品なのだから、半年もしないでレンタルやネット配信は始まるだろう。その時が来たら、ひとりひっそりと5畳一間の狭い空間でしょっぱい涙をすすりながら、自分の欠落した何かを噛みしめようと思う.......
posted by lain at 07:15北海道 ☔雑記

置き去られた本気の本気「きらめきのがおか 1巻」ゴトウユキコ/感想

いまや何処までを指す言葉なのか、よく分からないほど細分化された人達.......それがアイドル。

歌を歌う人、コスプレする人、服を脱ぐ人などなど、人の気を曳く為にならなんでもやる多種多様のアイドルが存在するが、そのほとんどは"idol"(偶像・人気者)では無く"idle"(仕事のない・遊んでいる・怠惰な)だから目も当てられない。

そもそも何故こんなに大量生産されてしまったのだろうか?それこそ先人のアイドル達のせいなのだろうか?彼等彼女等がステージで素晴らしい笑顔を振り撒いた結果、才能も努力も補助も無しに自分もアイドルに成ると勘違いする人達が増えたということなのだろうか?


こんな話をしているのも、「きらめきのがおか」の主人公が父親の遺言を守り、現役大学生アイドルになろうと東京に上京して来た田舎者で、負けん気だけ強く、努力を怠り、なんでも他人任せのクセに、初めて受けたオーディションでコテンパにされ一人前に落ち込んでいたのが本当に腹立たしかったからだ。

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アクは強いが優しい同居人達
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お前何しに来たんだ....

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じゃあ努力しろよ....

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勿論こんな風に僕が感じるのも、作者である”ゴトウユキコ”さんの狙い通りなのだろう。夢破れた青年に諦めてはいけないと口にしていた主人公が、自らも挫折を味わいどう変わって行くかを描く為の下拵えだ。この先の彼女が何者になって行くのか実に気になる。

とはいえ何故アイドルに成りたくて、どんなアイドルに成りたいのかがハッキリしない人にアイドルを名乗って欲しく無いのは確かだ。ちやほやされるだけがアイドルのお仕事なら、赤子でもアイドルが務まる。



常々思っていることだが、誰もが実際にアイドルに成れたとして、じゃあ誰が応援するの?ということ。プリパラのように「みんなともだち みんなアイドル!」とは行かないし、そうで無ければアイドルと言う言葉の価値は更に下落してしまう。

動画投稿サイトで嫌らしい男達の視線を集めるだけがアイドルでは無い事を、自称アイドル達には証明して欲しいものである.....


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posted by lain at 07:02北海道 ☔漫画

自分で美少年とか言っちゃう奴は馬に蹴られて死になさい(白目)「STAR DRIVER 輝きのタクト」五十嵐 卓哉(監督)/榎戸洋司(シリーズ構成)/ボンズ/感想

日本におけるロボットアニメは鉄腕アトムで産声を上げ、無線操作の鉄人28号、人が搭乗するマジンガーZ、変形・合体のゲッターロボ、そして所謂リアル系の機動戦士ガンダムへと移り変わり、新世紀エヴァンゲリオン以降のロボット物になると、現実世界と内面世界の境界を抉り出すツールへと生まれ変わっていた。

昔ながらのロボット物の良さを知っている身としては、その変化が良いことなのか悪いことなのか難しい所だが、どんな作品であろうと面白いことは大歓迎。たとえイキナリ『貴様、銀河美少年かぁぁぁぁあ?!』などと宣う作品であったとしてもだ.....





只今絶賛積み劇場アニメ消化中のなか、TVシリーズを途中で積んでいたスタドラの劇場版に手を出すのは案外勇気が必要だった。それでなくとも意味不明で抽象的な部分も色濃い作品であったし、たったの2時間半に再編集された物で何処まで本作の面白さを感じられるか不安だったのだ。

しかし、観終わってみれば実に要所を抑えた再編っぷりで、限られた空間でしか巨大メカを呼び出せない少年少女達の葛藤もちゃんと伝わり愉しめた。世界の何処へ行こうと大人に通せんぼされ、何も始まらないうちから終了を宣告される現代社会を反映させたような場所から飛び出して行く主人公達に、思わず羨望の眼差しを送っている自分が居て笑える。


監督に”五十嵐 卓哉”、シリーズ構成に”榎戸洋司”と言うこともあって、ロボット物版「少女革命ウテナ」といった面持ちだったのも楽しめた原因だったろう。逆にウテナが苦手なロボット好きにはキツイかもしれないが、サイバディと呼ばれるスタドラのロボットデザインからは”永野護”臭がするし、ボンズの手で動くサイバディは本当に格好良いので、そこから本作を好きになることも可能な気がする。

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二の腕や太腿の太さと反比例して細いウェストや、放熱フィンのような背中のスリットも永野メカを彷彿とさせる





一通り見終えて2周目を見出すと、劇場版で追加された冒頭が一味違う物に感じたし、気になっている女の子が自分と真剣に話ている時に、いきなり違う男の気配に気付いて走り出し、なんの躊躇も無く自分の目の前で人工呼吸を行ったヒロインの無神経っぷりは半端じゃねぇーなとしみじみ思った。


これからもロボット物の立ち位置は変化し続けるに違いないが、スタドラのように挑戦する気持ちだけは失わないで欲しいものである。
posted by lain at 07:20北海道 ☔アニメ