いつか好きになるかもしれない君へ...「マクロスΔ」河森正治(総監督)/安田賢司(監督)/根元歳三(シリーズ構成)感想

 僕はマクロスが大好きだ。


 全長1000mを楽に超える宇宙船や戦闘機が人型に変形するからという男の子らしい理由は勿論のこと、そのロボットと同じくらいでかい異星人と存亡を賭けて戦うことになったり、タイプの違う女性2人と三角関係になっていくシチュエーションに惚れた。



 様々な要素が入り混じるマクロスの中で、もっとも驚きだったのはで敵を撃退することだった。可愛らしいアイドルの女の子が歌を歌うだけで敵が恐れおののき骨抜きになる様は、今見ると童貞の狼狽えそのものだから、ちょっと苦々しい気分にならざるえ無いものの、ジョン・レノンさえなしえなかった世界平和を歌で勝ち取るリン・ミンメイに僕も大いに夢中になった。


 その後もマクロスⅡやマクロスプラスといったOVAシリーズは大好きだったし、ガラリと作り変えたマクロス7も楽曲を中心に意外とハマって(文句言いつつも)いたものの、マクロス・ゼロを境にトーンダウン。ロイ・フォッカー目的で観始めたのが悪かったのか、あまりにもコレジャナイ感(ロイ・フォッカーが)を感じてマクロス熱が冷めていったのかもしれない。お陰でマクロス・ゼロの内容は全然覚えていない....



 至極当然の流れでマクロスFも放送当時は観て居なかった。どうせ若い子向けの内容なんだろうと食わず嫌いを決め込んでいたのだ。しかし、あまりに人気があるものだから、流石に黙っていられなくなり、まとめて観出したらこれがとても面白かった。なんといってもランカとシェリルの関係性の変化が面白い。ぶっちゃけ主人公なんてどうでも良いくらいヒロイン達が輝いていて、真逆な二人を見事に表現している楽曲の数々も歴代の歌姫に負けじと魅力的だった。


 だから、マクロスΔにだって期待せずに居られなかった。今度はどんなバルキリーが飛び、どんな女の子が歌い、どんな敵と戦うことになるか?本当に楽しみだったのだ。でも、結果は期待の空回りに終わったのである......





 多分普通に面白いアニメだったと思う。『これが俺の中で一番のマクロスだ!』が、まだ存在しない人にとっては。残念ながら僕はそうではなかった。どうもマクロスΔは描きたい物・者を絞りきれていないため全体的に中途半端だった気がしてならないし、セリフの細かなニュアンスが好みでは無かったから素直に楽しめなかった。途中、自然に内容を伝えられなくなり、武器商人の男にベラベラと説明させる回も興ざめ。あれで脚本の底がしれてしまった。


 一つ一つの思いつきは良かったのでは無いかと思う。具体的に歌の力を表現していく試みが始まったマクロス7からの流れを活かしたこと。加害者であり被害者でもあるウィンダミア側も描いたこと。一人でも二人でもバンドでもなくアイドルグループにしたこと。どれもアイディアとしては全く悪くなった。ただ、それらの配合の割合を間違え、修正が追いつか無いまま最終回を迎えただけなのだろう。これが2クールではなく4クールなら違ったかもしれない。


 作画の面でも、ここぞという時の凄味が若干物足りなく感じた。ラスボスの男など最後までスッキリした表情で、もっと形相と言える顔が欲しくて堪らなかった。マクロスΔの最終回後に、モブサイコ100の最終回を観ていたら、無性にボンズにマクロスを撮らせたくなった。感情が痛いほど伝わる躍動感あるマクロスを作ってくれるはずだ。


 まったく、地球少女アルジュナの頃のサテライトは何処へ行ったというのだろう?.........






 ストーリーは不完全燃焼で、楽曲も今一歩といったところだったから、マクロス7の時の残念さとはまるで質違う残念さが僕を包んでいる。マクロス7はマクロスであってマクロスで無い作品だったから、順応するのに時間がかかっただけで、あれはあれでちゃんと個性を出した良いマクロスだったと今なら言えが、果たしてマクロスΔのこともそう思える日が来るのだろうか?


 今の僕は、まるでそんな日の訪れを予想出来はしない.....




 もう男一人に女二人は時代に合わ無い気もするし、いっそ思い切って女一人に男二人という三角関係も有りな気がするかなw

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posted by lain at 21:24北海道 ☔アニメ

オーバーウォッチは社畜の吹き溜まり。

片付け物を朝やろうとして放置しておいたら寝坊した。

「あんた疲れてるのよ」

母親にはそう言われたが、口が裂けても”オーバーウォッチ”のやり過ぎのせいだとは言えず、苦笑しながら「おはよう」と言った。



兎に角FPSは疲れる。やっているうちはアドレナリンが出ているから平気なのだけど、寝て起きた時の疲労感は半端ではない。一時期FPSから離れた時などは、心身共に健康的なせいで仕事を頑張り過ぎてしまい損した気分にもなったが、FPSに熱中し過ぎた時の疲労感に比べればそよ風みたいな物だった。

オーバーウォッチは当初、ライトなユーザーでも楽しめる作品だと言われていたが、他作品で言うところのランクマッチにあたる”ライバル・プレイ”が始まってからは、一瞬の気の緩みが命取りとなるガチゲーとしての面がはっきりし始め、やればやるほど遊びじゃなくバリバリ仕事をこなしているような気分になっていった。

なんと言っても、PT・野良問わず組織力が物を云うゲームだから、尚の事そう感じるのかもしれない。特にライバル・プレイのシーズン2に入り(ライバル・プレイは一定の周期で初期化され、シーズンごとの戦績が残る)、サポートキャラであるゼニヤッタばかりを使っていたから物凄く忙しかった。味方の体力ゲージを逐一確認し、入り乱れる味方の中から疲労している者へ迅速に回復のオーブを取り付けつつ、ダメージを増加させるオーブを前に出過ぎた敵や、真っ先に倒すべき相手へすかさず投げ、自らもガンガン攻撃していかなければならないし、基本味方後方での位置取りが多いため、裏取りして来る敵への警戒も怠れない。ゼニヤッタで遊んでいると、まるで時間外どころか休日出勤分の賃金まで貰えないまま事務仕事から現場まで何もかもこなさなければならない中間管理職気分になり非常に見につまされる....

お陰様で上手くいか無い時のストレスも酷いもので、負けが込んでいる時の自分のTwitterを眺めると、味方プレイヤーへの悪態と運営のマッチングシステムへの不満で溢れており、こんなものを見せられているフォロワー達はさぞかしうんざりしているんだろうなと、申し訳ない気持ちでいっぱいになった。


そうまでしてなぜ止めないのか?それは勿論勝利の味を知っているから。ボイスチャットも無い野良プレイヤー同士が"今自分が何をすべきか"を考え行動し、それが上手くハマるとこの上なく気持ち良いのだ。仕事もこれくらい噛み合う瞬間があれば、どれだけ気が休まることか....

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以前より上手くなっているのを実感すると、尚更またやりたくなってしまってタチが悪い....




ライバル・プレイを初めてプレイする際、認定マッチという物があり、たった数戦でスタート位置が変わって来る。それはまるで受験の理不尽ささながらに格差を生み、実力以上の位置でのうのうとする者と本来の力を発揮する間も無く振るい落とされた者との確執に繋がっていたりする。正直言ってこの認定マッチには納得が行かない。何故せーのでレート1からスタートではいけないのだろう?たまたま良いマッチングに当たらず低いレート帯に落とされたプレイヤーは、よほどの根気が無い限り遊ぶのをやめてしまうような仕様だ。勝ちが続くと自分よりレートの低いメンバーと組まされる場面が増え、懲罰マッチとまで言われるようなマッチングシステムも相俟って、オーバーウォッチは社会の縮図そのもので、キャラクターの愛らしさに闇が深い。


僕は昨夜やっと一つレート帯が上がりプラチナへと昇格したものの、ここまでの道のりがあまりに険しかったため若干燃え尽きている。このレートまで来た事で、どう立ち回るかを理解したプレイヤーが増えた今こそ楽しめそうではあるのだけど.....

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それでも、なんだかんだでオーバーウォッチを遊んでしまうんだろうな。たまには違うゲームやらないか?俺.......

(´-`).。oO女性キャラの尻ばかり見て喜んでいた頃が懐かしい......

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posted by lain at 07:17北海道 ☔ゲーム

時間の死んだ街で”あい”を叫ぶ女優『安藤裕子 2016 ACOUSTIC LIVE 旭川 島田音楽堂 9/24』感想

 僕の住む北海道の旭川と云う場所は、正直真ん中辺りに在ること以外特徴の無い中途半端で地味な街だ。人口が札幌に次いで多いから、北海道第二の都市だなんて言われることもあるけれど、3位の函館との差は7万人ほどで札幌に比べれば1/5しか無いし、盆地のおかげで空気の流れが悪く、蒸し暑くて空がすっきりしないうえ、寒暖の差が激しく夏の最高気温と冬場の最低気温とでは50℃も差があるから生活し易い場所とは到底言えない。

 旭川を舞台にした作品「櫻子さんの足下には死体が埋まっている」の主人公になんて僕は時間の死んだ街でうまれた。 良くも悪くもマイペースで強情で、変化を嫌うこの街では、澱んだ時の流れすら平穏だとか、安寧と呼ばれる。変えられない、変われないのでは無く、そもそも変えたいと思わないのだ。』と、言われる始末。これで旭山動物園が無かったらどうなっていたことだろう.....



 そんな残念な街だから、まさか安藤裕子が来てくれるとは露程も思っていなかった。それでなくとも久しぶりの北海道上陸であったし、”お金”が目的ならもっと効率の良い場所が在るわけで、ライブスケジュールの発表があった時”旭川”の名前を見つけた時は本当に嬉しかった......

 しかも島田音楽堂というチョイスがまた彼女らしい。前回訪れたのはbonobosのライブの時で、お世辞にも客の入りは良く無かったが、逆に少人数だからこその贅沢さがあって素晴らしかったので、今回も普通に期待を膨らませ足を運んだわけだけど、本当に島田音楽堂という場所の雰囲気は格別だった(怪しいミサでもやっているみたいな場所だと裕子ねぇやんも楽しんでいた)。防音処理のために音を吸収してしまうライブハウスとは違い、音の反響がすこぶる気持ち良い。聴いているこちらがこれほど気持ち良いのだから、歌っている本人はもっと気持ち良いに違い無い。実際、彼女も伸び伸びと歌っていたように思う。感情が乗った伸びやかな声を聴いていたら、身体の芯から溢れるように涙が止まらなかった。

 初っ端から”はっぴぃえんど”のカバー曲や「森のくまさん」で客を怖がらせたかと思えば、魔女っ子みたいな光るステッキを持ち出して観客の気持ちを解し、お客の中からラップ部分を担当してくれる有志を募って「霜降り紅白歌合戦」を盛り上げて見せれば、曲作りが難しい状態にあったことを告白したうえで、やっと作れるようになった新曲を披露してくれるという、フルアルバムに絡めたツアーでは絶対味わえない構成で本当の本当にお腹いっぱいに安藤裕子を詰め込める2時間半だった。




 1曲歌い上げるまでに、これほど感情の揺れ動きを表現出来る歌手は滅多に居ないと思う。ころころと表情を変え、最高潮へと辿り着いて行く彼女の存在感は半端ではない。歌手と言う括りで定義するには勿体無いほど、髪の先から指先まで身体全体で歌を演じているように感じるのだ。やはり歌手である前に役者なのだと痛感する。歌を休業して舞台を演るのも良いのでは無いだろうか?

 僕はいつも、ライブはアーティストとの真剣勝負の場だと思っている。特にamazarashiや安藤裕子のように抜き身で立ち向かって来る人とは命懸けで、それこそ腹が減る。生きている実感とは、ただ優しいだけでも温かいだけでも得られない。自らを切り刻むくらいの代償があってこそ、人は人であることを思い出せるのではなかろうか?



 この先のことなんて分からない

 悔いなんて後にならなきゃ生まれない

 笑いたければ笑えばいい

 泣ける時には泣けばいい

 ただただ今ある感情に嘘を吐かない人生にしよう




 そんな気持ちでいっぱいになる夜だった。また何処かで彼女に逢いたい.....





セットリスト

01 抱きしめたい(はっぴいえんどのカバー)

02 森のくまさん

03 お祭りフェンスと唱おう

04 のうぜんかつら(リプライズ)

05 ほととぎす(レキシ Feat. 聖徳ふとこのソロアレンジ)

06 霜降り紅白歌合戦

07 雨とパンツ(新曲)

08 少女小話(新曲)

09 隣同士(新曲)

10 溢れているよ

11 忘れものの森

12 たとえば君に嘘をついた

13 グッド・バイ

14 Last Eye

15 Touch me when the world ends


アンコール

16 アメリカンリバー

17 問うてる


posted by lain at 12:12北海道 ☔音楽