協調性を詰め込んだ花火は盛大に散る

思い返せば、昔から友達や家族に付き合って何かするのが苦手だった。

何処何処へ行こう。何々をやろう。仲間外れにされずに、そう言われれば悪い気はしないが、その気じゃ無いことが直ぐ顔に出てしまうし、 自分主導のお出掛けでも無ければ、重い腰を上げてまで何処かへ行きたいだなんて微塵も思わない面倒くさがり屋っぷりなのだ。

大人になって、そんな"ものぐさ"な性格が加速していった。僅かばかりの友人もほぼ底を尽き、家族のお出掛けも仕事の忙しさにカマかけて断り続けた。代わりにひとりで映画やライブに出掛けるような人間にはなれたけれど、誰かの介入で自分の世界が広がる可能性はガクンと落ちた。部屋に閉じ籠り、同じような風景の中で違う何かが現れるのを期待するような日々を、もう何年も過ごしている。



そんな僕が、久しぶりに家族の誘いに乗った。もう何年も会っていない祖母の元へ行く1泊2日の小さな旅行である。再三祖母から会いたいと言われていたのがプレッシャーになったのは言うまでも無いが、この先どうなるか分からない年齢に差し掛かった祖母の顔を見たい気持ちは僕にもあった。ただマンツーマンで会いに行くような勇気が無かったから、つい家族総出で行くプランに乗ってしまったのである。

車の定員ギリギリまで乗り、何時間もかかる場所へ寄り道をしながらの移動は本当に疲れた。興味が無いことに付き合う忍耐を年単位で使い果たす勢いだった。日頃かまってやらない姪達のはしゃぎっぷりに振り回されるのが1番消耗させられるわけだが、反面そんな姪達の無邪気さが支えでもあってなんとも言えない。

ようやく祖母の元へ着いたのは夕方である。だいぶ腰が曲がり髪は減ったように見えたが、一緒に夕食へ出掛けた時は、しっかりとした足取りで階段を昇り降りしていて流石だなと思った。

祖母が暮らすのは質素な集合住宅に家族の写真が並ぶ部屋。誰もが行き着くかもしれない風景がそこにはあって忘れられそうにない。




その夜、花火を見た。こんな僻地でも花火が上がるのだと、失礼にもほどがあるくらい感心した。色とりどりの花が夜空に開くその様は、何年も篭って得た何かを軽く飛び越えて綺麗だった。火薬の詰め方、打ち上げ方、そしてそのタイミングまで、実際に花開く瞬間を何度も何度もシミュレートして試行錯誤している職人の顔まで浮かんで消えた。

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長いようで短い夜だった。調子に乗って焼き鳥やたこ焼きを頬張ったせいで今朝は胃がもたれている。

きっと、この胃袋が軽くなったら、昨夜のことも忘れていくのだろう。あんなに綺麗だった光と音の記憶も既に薄らいだ。何もかも忘れない構造だったら、僕らは生きて行けないかもしれないが、もしも良い事も悪い事も忘れずに生きて行けたとしたら、どんな風に世界は見えるのだろう?




今日家に帰ってまず口にする言葉が頭によぎる。

「やっぱり家が1番」

僕は集団行動が苦手だ。

posted by lain at 05:43北海道 ☔雑記