どうせ死ぬなら無味無臭より毒であれ「書を捨てよ、町へ出よう」寺山修司/角川書店/感想

僕はノンフィクションよりフィクションで固められた物語性の強い本が好きだ。ゲームだってオンライン対戦ばかりより重厚なシナリオを味わえるストーリーモードが欲しい。そういう意味でいうと本書は0点だったかもしれない。




”amazarashi”に首まで浸かるようになってから、彼が何度となく口にする人物の名が気になって仕方が無かった。”太宰治”、”宮沢賢治”、そして”寺山修司”である。前者の二人は国語の教科書に載るくらいの有名人であるが、正直言ってこれまで寺山修司なる人物とは接点がまるで無かった(時代が変わったせいか、たまたま僕が気付かなかっただけのか、今は彼の詩も教科書に載っていたりもするらしい)

そもそも寺山修司とは何者なのか?それすら知らなかったから、詩を書くこともある小説家か何かだと思っていて、なんとなくタイトルが気に入った(これから読もうという人に"書を捨てよ"とはなかなか言えない)からという理由で初めて読む寺山作品に「書を捨てよ、町へ出よう」を選んだわけだが、これが読み始めから戸惑うことになった。まるでネットに自分の価値観をこれでもかと書き記したブログといった風情の本だったからだ。なんでも”評論集”なるジャンルらしいのだが、様々な事柄に対し、豊富な読書量を感じさせる引用の嵐で独自の価値観を展開。読者を自分色に染めるどころか、自分まで自分色に染めて行こうという気満々な紡ぎ方なうえ、最後は貴方次第といった詐欺師的駆け引きの上手さが光る文章だから、何処から何処まで間に受けて良いのか非常に分からなくなる。若い時分に本書をうっかり触れたりすると、酷く人生を拗らせる可能性があるだろう。

しかし、偏見や希望的観測を含んだ想像に凝り固まっているようなところもあれば、柔軟に自分の発言を見つめ直す姿勢も彼は持ち合わせていたりもする。違う角度から見れば形が違って当たり前であることを知っている人だったのだろう。呆れるほど無責任な発言もあれば物凄く合点がいってしまうところもあって、非常に悩ましい作品・作者だった。

皮肉交じりの長距離ドライバーや競馬馬の悲哀、自殺のススメに至るまでなかなかに楽しめたけれど、惜しい事に僕は彼と同じ時代を生きた人間では無いため時事ネタがイマイチ響いて来なかった(時代に関係無く通ずる物はある)。”あぁ、そういう話聞いたことあるかも.....”それくらいの感覚でしか分からないネタばかりだった。「"虚行"の冒険などでは何もならない」と言う彼が、もしも現代を生きていたら、どんな事をどんな風にバッサリ切り捨てただろう?そんな考えが頭をよぎる。




評論集という区分けはなされているが、本書は寺山修司という夢想家そのものを表した作品であるし、必ずしも物語として0点とは言えない。あえて値踏みするなら限りなく100点に近い0点だろう。"秋田ひろむ"がハマってしまうのも無理からぬ面白い人物である。

posted by lain at 07:22北海道 ☔Comment(0)小説