16年喪に服した侍

おそらく20年ほど振りに「クレヨンしんちゃん」を観た。塩沢兼人さんが亡くなって以来姿を現さなかった"ぶりぶりざえもん"が復活すると聞いたからだ。



久し振りに観るクレヨンしんちゃんは、相変わらず下品で最高に可愛い。いつもの面々が何年経っても変わらない姿でいるものだから、なんだかちょっと泣けた。

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50年前だったら農家がカンカンになる尻田植えシーン




ただ浦島太郎状態の僕には作画の色合いがセルからデジタルに変わった事による発色の変化が少し気になってしまった。何処となく色が濃い目に見えてしまうし、あまりにも均一過ぎるのがかえって違和感を誘う。しかしまあ、それこそセルの質感を知らない世代にはどうでも良い事ではある。子供達が楽しめているかどうかが1番大事な作品なのだから。



そんな事を考えているうちに時代劇ネタのBパートが始まっていた。いつもながらベタな展開が映える作品だった。空気なんて吸う物であって読めるわけ無いだろと言わんばかりにお取り込み中な現場に割り込むしんちゃん。あまりにも完成された3文芝居である。飯屋のオヤジが親子ほど年齢の離れた嫁を貰っているとか、どうでも良い話のぶっ込みに悪役と一緒になってつっこむ姿が愛おしい。

そして、しんちゃんが悪い連中に攫われそうになる女をなんとか助けようと、冒頭胡散臭い奴に貰ったアイテムで助っ人を呼び出した所で、とうとう16年の月日を超え"ぶりぶりざえもん"の復活である!

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えーと....こちらもお取り込み中だったんですね.....

まだまだ夕飯時だと言うのに、まったく汚い登場だ。これがエガちゃんだったらチャンネルを変えられるところであるのに、ぶりぶりざえもんだとあっさり赦せてしまうから困る。

偉そうなのに役立たずで、自分の都合でコロコロ態度を変える生粋の屑であるのに、時にはしんちゃんを振り回すほどの天然っぷりを披露するなど何処か憎めない。ポルコ・ロッソの次に男前な豚だろう。

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今回、16年振りに復活したぶりぶりざえもんを演じるのは神谷浩史さん。化物語などで長台詞を軽快にこなす彼はどんな作品でも引っ張りだこの人気者だ。しかし、声質はまるで塩沢兼人さんとは似ても似つかない。一体どんなぶりぶりざえもんになってしまうのか?直前まで本当に期待と不安が入り混じっていた。ところがこれまたあっさり第一声で「有りだな」と思ってしまった。ガキ臭さが抜けない子が頑張ってニヒルさを出そうとしてるような匙加減が妙にハマるのだ。まだ本人や製作陣も様子を見ているところがあるに違いないけれど、神谷浩史ならではのぶりぶりざえもんに成長して行きそうな予感が大いにして先が楽しみになった。

ブランクが長かった分、声が変わっても違和感がそれほど感じないというのもあっただろう。これが毎週レギュラーのキャラだったらこうはいかない。おそらく25周年の一環で、 そろそろぶりぶりざえもんの封印を解いても良いんじゃ無いのか?といった話し合いがなされたのだろう。16年という期間喪に服したことを思うと、どれだけ塩沢兼人という人が替えの効かない人物であったかが分かるというものだ。

そして、そんな塩沢兼人さんの死を超えてでも復活させたいと人々に思わせた"ぶりぶりざえもん"と神谷浩史さんも、同じように掛け替えの無い存在へとなって行くことだろう。いや、もう成っているのか.....



posted by lain at 08:36北海道 ☔Comment(0)アニメ

子宮で夢想する足軽兵「アシガール 1巻」森本梢子/集英社/感想

昔から他人を羨んでばかりの人生だけど、中でも女性の素直な欲求には呆れるのを通り越して憧ればかり湧いて来る。

少しエッチな可愛い服を着たいけど、キモい男は寄って来て欲しく無い

イケメンに何から何までエスコートされたい

美味しそうなものは全部食べてみたい

ついでにお金も有ると良い...


頭を使った回りくどいことは後回しで、まずは胸から下で行動する(もしくは夢想する)女性達は軟弱な男よりよほど野性味に溢れ力強い。好きになったが最後、戦国時代で男のフリをしてでも若君とお近づきになりたがる本作の主人公も実に考えるより動く行動派だった....

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授業ではだらしなく居眠り、前髪は自分でぱっつんワカメちゃん切り、弁当箱は沢山入る土方のオヤジ御用達のランチジャータイプ。そんなやる気も女子力も期待出来ない主人公”速川唯”が、頭の良い弟の開発したタイムマシンでうっかり戦国時代へ飛ばされ、そこで”羽木九八郎 忠清”という若君に一目惚れし、歴史上討ち死にしている若君をなんとか助けたいと、現代と過去を行ったり来たりするお話なのですが、唯の後先考えない行動の中に男では描けない女性の本心が散らばっていて、いっそ清々しかった。

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脚の速さだけが取り柄

IMG_1623.jpg姉と違って天才の弟

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まんまと足軽達に紛れ込む

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食い意地は人一倍

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好きになった相手に笑われ鼻の下を伸ばす唯.....

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こいつ戦国時代で生き残れるのか?....





 実際にこんな子がいたら、興ざめしてしまいそうではあるけれど、漫画の中だけであれば表情豊かな唯は見ていてなんだか凄く可愛らしい。不純な動機で戦国時代に居座っていても、失敗を繰り返しながら戦国時代を生きる人達のことを学んで行く姿勢からも彼女なりの誠実さを感じてしまう。体裁を取り繕って"きっかけ"作りから格好付ける奴よりも、惨めで泥臭いところから這い上がっていく奴の方が本当の意味で格好良いのだと、彼女を見ていると改めて思えて来るから不思議だ。


戦国時代だけでは無いですが、歴史物が昨今多いですね。戦国時代に限って言えば、今と違って"権力争い"="殺し合い"という直接的な構図である点に本能が熱くなるからでしょうか?過去に遡れば遡るほど情報が少なくミステリアスで浪漫があるし、まとまった文献が存在している戦国時代がファンタジーとして扱い易いのもあるのかもしれない。しかし、そんな理由を差し置いて、何より女性は不憫なイケメンが大好きだから、夢半ばで散った者が多い時代に思い入れが強いというのが事の真相な気もする。僕も身の上が不憫だったら良かったのだけど、ただの軟弱な愚痴り野郎だから誰も見向きもしてくれ無いよね.....




もしもタイムスリップ出来るなら、普通に人生をやり直したいと普通に考えてしまう普通の僕でした( ゚▽。)








Cocohana | 連載作品 アシガール
posted by lain at 07:23北海道 ☔Comment(0)漫画

形こそ違えど、普通に生きるのは時代を問わず大変だ「大草原の小さな家」1974年/海外ドラマ/感想

 いつもの朝が来て、昨夜の夢も疲れたなと思いつつ起床。目覚めの儀式の為に重い身体に鞭を打つ。

 顔を洗い、うがいをして、朝食を用意。一息入れて朝食を食べると脳が糖を得てやっと目覚め始める。狼に脅かされる事もなく、原住民がノックも無く家に踏み入って来る事も無い、まったく穏やかな朝だ。つまらない。



 ほとんどの人が、僕と同じように平凡な朝を迎え、食べ物にも寝る場所にも困らないごく普通の生活を送っているものと思うが、その多くが”普通”に満足出来ず、必要最低限以上の人生をつい求めてしまう。大きな家に住みたい。綺麗な嫁さんが欲しい。工面など考えなくとも豪遊出来るだけの金があれば.......と、際限無く都合の良い人生を夢想するのである。何故人は生きていられるだけで満足出来ないのだろう?子供時代の反動?裕福な生活をひけらかす連中が居るから?始めからそういう仕様(DNA)なの?なんにしても、幸せを感じるアンテナが皆鈍感になっているのは間違いないだろう。



 うちはお世辞にも裕福とは言えない三人姉弟を養う微妙に貧乏一家だった。服・自転車・おもちゃ、その他なんでも親戚・親・姉のおさがりが当たり前で 、家族が飽きたり使えなくなった物に、もう一度役目を与えるのが僕の日課だ。掃除洗濯は皆で分担。就職してから自分の部屋を自分で掃除したことが無い先輩・後輩達の話を聞いて呆れたものだ。奴らをトイレ掃除の刑に処してやりたい。日曜大工にしても、パチンコで忙しい親父や何処ぞに雲隠れしている長女を除いた家族全員参加が基本で、物置も不揃いな木を一から自分たちで組んでトタンを打っただけの強度も保証も無いハンドメイドであった。

 野菜だって買う金が無いから自給自足で、自宅裏の林を切り開き畑にし、耕運機など持っていないから鍬で何十メートル四方もある場所を耕すのだが、手は豆だらけで腰は痛いし鼻の中は土埃で真っ黒になった。土地だけはあったのがせめても救いだったのだろう。

 そんな風にアレコレと熟さなければ生きて行けない子供時代を送って来たから、食う為には兎に角”汗をかかなければならない”というのが、いつに間にか身体に染み付いていた。



 時代は流れ、土から離れて生活する人ばかりになった。食べ物や生活に必要な物は自分で作らず"買えば"良いと考え、自分が手にしている物の正体を知る面倒から逃げた。もしかしたら誰かの汗や生き物の断末魔が染み込んでいるかもしれない....とは誰も考えたく無かったのだろう。罪を全て背負うには人間の背中は狭すぎる。

 しかし、もしかするとそうした無知蒙昧な状態こそ、幸せを鈍化させる原因になっているのではないだろうか?お金を出せば簡単に手に入る物が、どれだけ生命の消費によって生み出されているのかを少しでも体感することが出来たなら、ほんの些細な事でも感謝の気持ちが湧くようになり、それによって生かされている自分の命の事も愛おしく思えるようになるのではなかろうか?便利な物に囲まれ住み易いはずの生活が、酷く歪に見えて仕方ない現代であります。





 こんな取り留めのない昔話やら説教を垂れ流したくなったのも、何十年振りに「大草原の小さな家」を観てしまったからだ。貧しい土地を抜け出し、新天地で一から生活を始める家族を描いたTVドラマで、「北の国から」も本作が無ければ産まれなかったというくらいの名作。どんな困難も家族の絆で乗り切って行く彼らのひたむきな姿勢に勇気付けられた人も多いことだろう。何をするにしても手作業だし、お金を稼ぐのだって今みたいにシンプルじゃない。ただ生きている実感がそこにあるだけなのに、彼らを見ていると酷く羨ましい気持ちにさせられるのだ。

テーマ曲のイントロだけで懐かしさに押し潰されそうになった...



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新天地を見つけ希望と不安が綯交ぜのインガルス一家



 別段自分から観たかったわけでは勿論無いが、情操教育の一環のように親から何度も見せられていたから、今回久々に観てみると懐かしさで胸がいっぱいになっていた。昭和のオヤジ達と同じく頭ごなしに叱る父チャールズ(怒った後言い過ぎたことを気にしてフォローを入れるあたりが、現実より可愛らしい父親)、品の無いご近所が苦手な母キャロライン、絵に描いたような長女メアリー、冒険心の強い次女ローラ、母の腕の中であどけなく笑う三女キャリー、番犬というには愛らしすぎるジャック、誰も彼も愛おしくて離れていた家族に再会したような気分になった。新天地で家を建てるのを手伝ってくれたエドワーズおじさんが出て来ると、稚内に住んでいたガサツだけど優しかった叔父さんのことも思い出してしまうし、このドラマは何かと記憶の蓋を開けるから不味いかもしれない......

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子供に余計なことを教えるエドワーズおじさん



 それにしても、こんな素敵な家族が主役のドラマを見せていた両親が、毎日喧嘩の絶えない人達であるのが大変皮肉な話だと思った。もしも僕が何かの間違いで結婚するようなことになったら、同じように喧嘩ばかりの生活を送ってしまいそうな気がしてならない。

 あ、やっぱりそういう仕様なのかもしれない。早くDNAを自在に書き換えられる時代来ないかな........