僕がいたい街だった...「僕だけがいない街」三部けい(原作)/伊藤 智彦(監督)A-1 Pictures/感想

※ネタバレ有り









何処までを真実として受け取るか?

その差でもしかしたら、本作は大きく意味合いの違う物になるのかもしれない。





素直に受け取れば、うだつの上がらない主人公が子供時代にタイムリープし、自分の母親を殺した連続殺人犯の餌食となっていた小学生時代の同級生達を救うべく奔走して、その代償に自分が傷付いて行くという、ミステリー要素と悲壮感が上手く混じり合った感動巨編だと感じるだろうし、岡田斗司夫のように斜め上からストーリーを回収したならば、すべては売れっ子漫画家となった主人公の深い深い妄想が暴走した産物で、あの子との感動の再会であるラストシーンもストーカー的執着のスイッチが入る瞬間を捉えた序章に過ぎず、あの後ロックオンされた女の子は、今まで生きて来た中で一度も味わったことの無い性質の恐怖を長年かけて味わう事になるというスリラーなのだと受け取る事も出来るだろう。


しかしまあ、やっぱり前者として楽しむのが正解の話である。あっちを足すと、こっちがマイナスになるという、思い通りに過去を改変出来ないタイムリープ能力に苦しみつつも、母親の死をきっかけに本気で過去に挑み続ける主人公の自己犠牲的ヒロイズムには実に男の美学を擽られる。テレビや漫画の影響のせいか、僕はよく自分を犠牲にして誰かを救うお話を考えながら、学校から家までの長い道のりを一人で歩いていた。「ここは俺に任せて先に行けっ!」である。本作の主人公はまさにそれで、自分にマイナスな力が働くと分かっていても過去改変をやめられない彼の性分は、僕が何処かに置き忘れた自分の理想を反映させた妄想を振り返るようで、懐かしくも気恥ずかしいなんとも言えない郷愁を誘う。

この物語が上手いのは、もう直ぐ三十路の男が、そのまま自己犠牲の物語を演じるのではなく、子供に戻った自分が”それ”を演じているということ。いくら中身は大人でも、姿形が子供の方が自己満展開は見てて小っ恥ずかしく無いし、子供のやることだからと、より自然に受け容れられる。

未来と過去を行き来しつつ物語は進み、最後には過去に戻った自分のいる時間軸だけが残って、大勢救った分10数年に渡る昏睡を強いられた主人公は子供の心のまま大人に戻る(子供時代のモノローグが成人後の”僕”を担当する声優であるのと対照的に、昏睡から目覚めた後のモノローグは子供時代の声であるのが良い演出だと思った)と言う自己崩壊しそうな複雑な経験をして本物の誇りと本当の親友を手にするわけだが、そこに至るまでの要所要所のシーンをじっくり演っているのが本当に良いアニメだった。製作陣は空気感や”間”の使い方にかなり気を使ったことだろう。

主人公とメインヒロインと言うべき加代の口癖を良いタイミングで使っていたのも印象的で、考えていたことがうっかり「声に出てた」主人公に対し、加代の「バカなの?」と返すバリエーションだけで、彼らの関係性がどう変化したか表現するシーンなども大好きだった(これは原作の良さなんだろう」。加代の声を担当する”悠木碧”の声は、僕らの世代のDNAに深く刻まれている”林原めぐみ”を彷彿とさせ、可愛くも芯のある声に何度も心を揺さぶられた。見た目だけじゃなく、やはり声優は演技力が大事だとつくづく思う。




終わってみれば犯人も判り易い人物であったし、使い古されたなんて事無いベタさだったかもしれないが、演技や演出の拘りがワンランク上の作品へと押し上げていたように思う。数多ある創作物の山を前に、オリジナルの作品を作れと言われても、途方にくれるしかない今の時代、こうした細かいディティールへの執着こそ物作りに欠かせない物なのかもしれない。


それはそうと、女の子にしか見えない広美がちょっとふっくらした大人になってしまった事と、あの加代がその広美に持って行かれた事実は地味にショックだったなぁ....どっちも好きだったんだけどなぁ...... サラ(・ワ:.;:…


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posted by lain at 07:54北海道 ☔Comment(0)アニメ