呑気な人類の背を押す神の手「魔法の色を知っているか?」森博嗣(著)/講談社/感想

※ネタバレ感想文





 出不精のくせに、「オデッセイ」のようなSF映画が上映されれば、自分に鞭を打ってでも観に行くくらいSFが大好きな僕ですが、科学は昔から苦手であります。大まかな概要は理解出来ても、何がどうしてそうなるのか?という詳細や、一つ一つの分野の繋がりを理解する事がほとんど出来ない。というかする気にならない。


 だがそんな僕でも、今回の森さんの人間は不完全故に子を成すことが出来たとする斬新な設定には驚かされた。純粋な細胞を移植することが出来るようになって、不具合が修正されたから子供を作ることが出来なくなったと言うのだから...



 元々生物は種の保存を目的とした繁殖を繰り返し、地球と言う環境下に順応する為変化し続けて来た。人間も世代を重ねる度、どんどん寿命を延ばし、世界的な平均値は1千年前と比べて約3倍にも及ぶ。身体的変化もあるだろうけれど、おそらくは安定した社会構築と医療の進歩が大きな理由に違い無い。実際、治安の安定しない土地や、医療の整わない後進国ではガクンと寿命が落ち込んでいる。話が逸れたが、要するに言いたいのは、生まれて死ぬのが一番自然な生命の在り方だと、僕を含めた大勢が信じて来たものを全てひっくり返す学説であったということ。


 いつか死ぬのだから何かを成したい。子を残したい。そう感じるからこそ、僕らは必死に足掻いていると言うのに、100年も200年も生きられるようになったとしたら、子を成すかどうか以前に、生き続けること自体に意味を見いだせるのだろうか?死を受け入れるには長い時間が必要であるし、出来れば永遠に生きていたいなんて考える人も多いでしょうが、生と死こそ生物の行動原理を支える最大の友人なのでは無いかと思えてなりません。


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 とは言いつつも何処か腑に落ちてしまうこの突飛な設定。僕はなんとなく、森博嗣さんなりの少子化に対する答えなのでは無いかと思っています。結婚すること。子供を作ること。それらはすべて各々の考え方があるから尊重すべきではあるけれど、家庭を持ったり子供が出来るというのは、それはそれで得難い体験なのですよ、と言う人生の先輩からの有難い言葉に感じてしまうのだ。


 身体だけではなく、いつまでも普遍と思われた愛の形までどんどん変貌しているのを実感する今、この先100年、200年と経った時、この世界がどうなっているかなんて、分かったものじゃないなとしみじみ思います。

 一つの独立したSFとしても面白いし、S&Mシリーズと百年シリーズを繋ぐ(真賀田四季以外定かでは無い)物語として読むにも最高の同シリーズ。真賀田四季の目的の謎や、軽口の主人公と無口な護衛の静かなやり取りも森博嗣さんらしさがあって本当にお気に入りの一つになりそうだ。



 それはそうと、本の間に挟まっていたチラシにアニメ版「すべてがFになる」のBOXを購入したら、アニメを担当した神戸守監督と森博嗣さんのメールのやり取りが存分に楽しめるらしい話にも興味が湧いてしまった。


 BOX、買おうかな?......













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posted by lain at 22:24北海道 ☔小説

どんなに文明が反映しようとも第一次産業は欠かせない「オデッセイ(原題:The Martian)」リドリー・スコット(監督)/マット・デイモン(主演)/感想

 近年、何度こう思ったかしれないが、今一番面白いのはSFでは無いだろうか?

 僕の個人的な旬も然る事乍ら、毎年のように質の高いSF(化け物が出て来る物ではなく、現実に起こりうるかもしれない事態を描いた作品)が作られ、観客もそれに歓声で応えていることから、決してマクロな人気では無いことが伺えます。

 勝手な解釈としては、年々高まる国・人種・宗教という摩擦に嫌気が差して、アメリカお得の全員の気持ちを一つに出来る目標が欲しくて”宇宙”に希望を見出したいというのがあって、近未来に実現しそうなSFが増えているのかもしれないし、もしくは宇宙がいかに過酷な場所であるかを知らしめ、この狭い地球で仲良くやって行くしか無いんだよ、と訴えかけているように思えなくも無い。

 そして、「オデッセイ」は、その両方の要素を大事にした作品だったように感じました。





 冒頭、火星の有人探査を行っていた”マーク・ワトニー”等アレス3のクルーを予想外の大砂嵐が襲い、命辛々火星からの脱出を果たすが、風で飛んだアンテナが直撃してしまったマークは死んだものと判断され、独り不毛の地”火星に取り残されることになる。しかしマークは全然挫けない。Mr.ポジティブ。植物学者としての才能を遺憾なく発揮して、次のミッションで誰かが火星にやって来るまで生き延びようと行動を開始します。

 専門的知識が無くともそれと分かる緻密で、正確性のある長期的プランをマークが練って実行して行く過程が、とても丁寧に描かれていて、火星に独りで居る怖さだけでなく、火星で生きる面白さも存分に感じさせられました。勿論すんなり彼の作戦が成功するわけもなく、トラブル続きではありましたが、なんとか連絡を取れるようになったNASAの面々に支えられ、最後にはリドリー・スコット映画とは思えないぐらいの爽やかさで幕を閉じたのも新鮮でしたね。



 特殊効果もかなり良かったし、有る物でなんとかしようとするマークをマット・デイモンが絶妙な匙加減で演じているのも素晴らしかった。開き直ったマーク。憔悴したマーク。脱出が近付き感情が込み上げ顔をくしゃくしゃにするマーク。涙こそ最後まで溢れなかったけれど、彼の喜怒哀楽にかなり引き摺られた為、ラストシーンの穏やかな彼の表情には物凄く安堵しました。

 ベタと言えばベタな映画ではあるけれど、火星におけるサバイバルのディティールが細やかであることで、ワンランク上の映画に感じる良作です。少しアメリカらしいご都合視点もあるけれど、過剰にアレルギー反応が出るほどではありませんでした。


 ただ一つクレームを付けるとしたら、わざわざタイトルをそれらしい意味を持った「オデッセイ(長期の放浪,長い冒険)」に変えて日本で上映したことくらいでしょうか?

 語感とか詩的な意味においては良いタイトルかもしれませんが、情緒より泥臭いサバイバルが脳裏に残る作品なので、ずばり火星人と言う名を付けた原題『The Martian』の方が皮肉で良かったんじゃないかと思いました。オデッセイだと思って観てるのに、タイトルコールで全然違うタイトルが表示されるというのは、どうも好きになれないですね。






posted by lain at 11:03北海道 ☔Comment(0)映画