もっともっとと望む心が産み出しすモンスター達「THE BLACKLIST/ブラックリスト シーズン2」スーパードラマTV

 日本のドラマはどうしてこうも温いのか?


 海外ドラマにハマったばかりの頃はそう思っていたし、まだまだ海外ドラマの方が面白いと感じることも多いけれど、海外ドラマにだって問題が無いわけでは無いなと考える場面も今では増えました。

 実際のところ、海外ドラマはかなり作り方がワンパターン化して来ていると思います。脚本家の神のごとき筆さばきで、主人公達の行動の先の先を行く存在を都合良く配置し、定まったローテーションに沿ってシーンが挿入されて行く様は、あまりにも小慣れ過ぎていて、たとえ新番組であっても何故か何処かで観たことがあるような感覚さえ受けてしまう。

 もう日本の萌えアニメのことを悪く言えないくらい米国のドラマや映画は悪い意味でスタイルが完成されてしまったように思います。作品ごとの個性も製作総指揮に就いている人のテコ入れの癖の差くらいでしか判別出来ないのではなかろうか?近年では低予算な英国ドラマの方がアイディア的に新鮮さを感じます。

 LOSTや24を初めて観た時は海外ドラマってすげぇな!って本気で思えたものですが、今ではむやみやたらに悪趣味さを売りにしている作品も良く見かけます。今回シーズン2まで見終わったブラックリストもかなり悪趣味さを売りにしてる作品でありました。





 世界中の凶悪な犯罪者とパイプを持つ最重要指名手配犯である”レイモンド・レディントン”が、自身の保有する犯罪者リスト(ブラックリスト)を使ってFBIの捜査に協力するというドラマなのだが、このレディントンが実に曲者で手に負えない。初めのうちは新人の捜査官であるエリザベス・キーン相手にしか詳しい話をしないし、リークして来る犯罪者達にしても、どうやら自分の都合で捕まえさせているようでもある。ちょっとFBIが頼りなさ過ぎる気がしつつも、エリザベスを気遣いながらも非道な行いを繰り返す彼の真意とは何なのか?というのと、訳有りのエリザベスの旦那の正体が気になり良い出だしだったとは思う。


 そんなこんなで毎回レディントンの裏切り行為によって追い込まれていく犯罪者達だけど、もうとにかく異常な遍歴を持つ者ばかりでした。対象をドロドロに溶かして処理をする暗殺者、事故に偽装して殺しを達成する男、DVの加害者に被害者と同じ目に合わせて殺す者など、アメリカでなら確かに実在しそうではあるが、そんなに大勢同時期にサイコキラーだの政府に楯突く集団が集まるのはちょっと流石に誇張なんじゃなかろうか?...




 情報通で犯罪者達にも一目置かれている男の非情さと情愛の極端なバランスはなかなか面白いし、影で世界を牛耳ろうとしている結社相手に喧嘩を売っているような内容も悪く無い。素直に愛情を表現出来無い連中ばかりなのも個人的には好きだと思う。

 でも、そろそろ完結へ向かった方が良いとも思う。ドラマを盛り上げる為にここまで誇張した犯罪者を用意しなければならない今のアメリカは、冷静に考えるとまともでは無いと思う。これはアメリカだけのことでは無く、日本も同じような状況になりつつある気がする。仮想敵を求めるが故に、より強い薬を求めるようになって破滅へと突き進んでいるように感じるのです。自分達を追い込むような所業について、一旦真剣に考える必要がエンターテインメントにも必要なのでは?と、考えてしまいます。




 フィクションに救済を求める我々は、いったい何処へ向かっているのでしょうね?....