狂気を奏でるマイスター「稀人」小中千昭(著)/角川書店

飛浩隆さんのSF用語ラッシュと生々しい言葉選びが凄過ぎて少々胃がもたれてしまったから、次は軽い読み物にしようかと文字数が少なそうな本書を何気なしにチョイスしたのですが、これはこれで胃にもたれる物があって全然インターバルになりませんでしたw

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※表紙が微妙....




ビデオカメラマンをしている主人公”増岡”が、別件で仕事中地下鉄で男が騒ぎを起こしているところに遭遇し、ガソリンタンクと包丁を持ったその男が、自らの命を断つまでの一部始終に立ち会う所から物語は始まります。

事件後、仕事を辞めた増岡は、アルバイト程度のカメラマン仕事をこなしつつ、後で観返す事もしないのに日々をビデオカメラに記録するようになるのですが、地下鉄で自らの命を断った男の映像だけは何度も観返すようになります。そして死んだ男が死に間際見つめていた先に、ここでは無い違う世界への扉を見つけ、その向こうで出会った少女を現実世界へ連れ帰ってしまいます。

少女は一切の飲み食いを受け付けず、言葉も話せず寝てばかりなのですが、唯一”血液”にだけ反応。既に少女以外に生き甲斐を見いだせなくなっていた増岡は、彼女にFと名付けて食料調達に明け暮れるようになり....
ズバリ頭でっかちに考え過ぎる男が、仕事にも私生活にも嫌気がさして心を病んでしまい、現実と非現実の境目が曖昧になってしまって、どんどん「普通」から逸脱してゆくお話で、本当に仕様もない主人公だから色々と言いたくなりますし、増岡の視点でほとんどが展開されてゆく中で、彼の陶酔気味なうんちく描写がいちいち長いのが引っかかりますが、多くの小中作品がそうであるように、いつの間にか自分がこの理由の分からない事態に巻き込まれているように感じ始め、主人公や血液しか摂取しない少女を見捨てておけない気持ちになって来るから不思議です。自分の中にあるわけが無い母性をくすぐられているみたいでもありました。

正直小中千昭さんは小説家としては上手い人ではありません。物書きとしてのアクが強い人でもあります。稀人も映像で観た方が咀嚼し易いかもしれないし(映画版は散々な出来らしいけれど)普通にホラーを読みたかった人だって直ぐに読むのを止めてしまうかもしれない。でも、荒唐無稽な設定に実在する情報を交えることで説得力を持たせ、「もしかしたら」と読者が疑ってしまうグレーな領域を作る技術は流石に上手い人です。

本書を読み終えた時、主人公の精神の不均衡の先に、ほんの少しだけ希望の灯を感じられたら、まんまと小中さんに騙された被害者として認定して貰えることでしょう。僕は何度でも小中さんの詐欺の手口に染められたいです。稀人に魅入られ、取り返しの付かない所まで行き着いてしまった増岡のように、誰かに心を解放して貰いたいと何処かで望んでいるのかもしれません。







「恐怖の作法:ホラー映画の技術」という本以外、目立った活動が無い小中千昭さん。またlainやTHEビッグオーのようなTVアニメの構成に深く携わって欲しいのと同時に、ジャンルに拘らない小説を一冊書いて欲しいなぁ....
posted by lain at 22:10北海道 ☔Comment(0)小説