あの津波が持ち去ったものとはなんだったのか?...「ヒミズ」園子温(監督)/2012年

自分たちが生きている世界が、どれだけ非情な場所であるかを、まざまざと見せつけられた2011年の大地震。あれから”もう”4年も経っているのかと感じるのは僕だけだろうか?

余震は下火になり、瓦礫や福島原発の処理も少しだけ先が見えて来たはずなのに、一向に前進出来ている気がしません。現地で生活しているわけでは無い僕が”もう”と感じるくらいなのだから、東北の人達が感じる4年の重さは計り知れないものがあります。



この4年間、様々な人達が自分なりに考え、実務的な復興支援や、歌・テレビ・書籍に至るまで、色んな形で被災地を支えようとして来ました。それで救われた人も数多くいることでしょう。

でも、その逆も然りで、あまりにあっという間の出来事で現実を上手く受け容れられず、同じ目に遭っていない奴等が何をしゃしゃり出ているのだと、憤っていた人もいたに違いない。

下手な同情憐れみは、時に人のプライドを深く傷つけます。辛い時は優しい声を掛け、寄り添うのが正しい在り方だと勘違いしている人も多い。本当の意味で誰かを支えるというのは、自分の人生を犠牲にしてでも最後まで相手と向き合うことなのであって、道端でたまたま見掛けた猫に、一度だけ餌を与えるようなやり方は自己満足の極みでしかありません。


そういう意味で言うと、園子温さんの映画「ヒミズ」の救いようのない人々の物語は、心に傷を負った人への正しい寄り添い方だったのかもしれない。





ボロいボート小屋に母親と住む少年"住田"は、「普通」の人生を夢見る15歳。ところが彼の些細な望みを周りが許してくれない。金を無心する時だけ家に立ち寄り暴力を振るう父。夫の相手を息子に投げ出し違う男と遊ぶ母。ボート小屋の近くに集まり住田少年を慕うホームレス達。そして彼の名台詞を一つ一つを書き留め部屋に張り尽くしている同級生"茶沢"。癖のある連中に侵略され続ける彼の日常は、まるで普通とはかけ離れたものだった。

そんな彼の"普通"に追い打ちをかける出来事が起きる。母が男と蒸発し、自宅には父親の借金の取り立てがやって来たのだ。誰もが自分の都合ばかりを口にして、彼の気持ちも考えず追い込んで行く。いよいよ人生に絶望した住田くんは、全てを清算するべく哀しい選択をしてしまう....

よくあるクズ親に育てられた反動で屈折した青春を過ごす少年の話ではあるのですが、執拗に心に傷を負ったクズな人間が登場するので、さながらクズ人間見本市のような様相を呈してゆくのがかなりズシリと来ます。

クズな連中の多くが、震災で心が病んだ人達であるように見えてしまうので、震災後の設定にしない方が良かったような気がしながら観ていたわけですが、少し間を開けて考えてみると、震災を盛り込まずに作ったらこの緊張感は生み出せなかったかもしれないなと思い直しました。

とにかくやり場の無い怒りと哀しみが心に吹き付けて来るような虚無感の中で、「俺は誰なんだ!?」と足掻く登場人物達の切実な想いが響く良い映画だったと思います。




あの震災をフィクションの一部として使うことには正直抵抗がありますが、園子温さんなりのエールなんじゃないかと思える作品です。役者も大いに園子温さんに乗せられ良い演技が出来ていました。特に"染谷将太"くんは勿論のこと、最後まで住田くんを支えきった茶沢景子を演じる"二階堂ふみ"さんの勢いある感じも素晴らしかったです。この役で自分の人生が変わってしまいそうで怖いとまで本人言ってるくらいの役作りでした。




この映画を観て元気を出せだなんて口が裂けても言えませんが、この映画を観ればガムシャラにでも顔を上げて生きていれば、きっとなんとかなると思えるような気がします。


あれほどの出来事はそうそう起きないだろうし、起きて欲しくありません。生きているうちは、全力で生きてやりましょう。

たとえ誰にも望まれない生だとしても.....
posted by lain at 07:18北海道 ☔Comment(0)映画