聖戦とはよく言ったものだ.....

僕が「ジハード」なる言葉を知ったのは、中高生の頃の歴史の授業だったような気がする。

しかも丁度ジャンプの増刊で、そのまんま「ジハード」と言うタイトルの漫画が連載していたから、自然とお洒落な記号として脳裏に刻まれた。
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※イスラムの娘がヒロインなのに、スカーフは被らないは、肌の露出もかなりのもの。




少年漫画は敵味方を勧善懲悪のわかりやすい構図で描写し、口当たりの良いロマンチシズムで締め括るパターンが多い。

このジハードという漫画も例に漏れず、クルドの英雄サラーフ・アッディーンがエルサレムを十字軍から奪還するのを、欧州人でありながらクルドの仲間になり手助けするヴァレリーと言う男と、その男に助けられたサラーフの妹が中心となり、正当性無き十字軍の侵攻を知恵と勇気で退ける歴史活劇としてこの上なく心地良く描かれていました。


そんなファンタジーを彩るだけのキーワードでしか無かった「ジハード」が、理不尽に人を殺す便利な方便だと知ったのはいつだったろうか?...





僕は一つの主義主張を冠に頂いて生きられるほど盲目になれない。なにせ、たとえ仮想だとしても創作物やネットで、色んな価値観に触れてしまっているから、何が正しくて、何が間違っているかなんて曖昧な物で、自分の置かれた立場によってコロコロ変わる。


だから、自らの選択を固持した後藤さんとイスラム国の両者が招いた今回の騒動も、もっとやりようがあったように思えてならない。

後藤さんは命を賭して行動する必要があったのか?

イスラム国は敵を増やしただけではないのか?

もっと言えば、格好付けたがりの首相がイスラム圏の問題に安易な考えで金をばら撒くと発表しなければ良かったのでは無いのか?

大義なんてものを持たない僕からしたら、何もかもが馬鹿げた話に思えて来る。




金属でもそうだが、柔軟性に欠け、捻じ曲がらないような丈夫な物は、時としてポッキリ折れてしまうものだ。

格好悪くても、命と財産を守る。ソレだけをある意味主義主張にして日本は生きて欲しい。少なくとも僕はそうする。




英雄と言うのは、沢山人を殺し自分だけが生き残るか、自分をもっとも効果的な場面で殺せる人のことなのだろう。

それはさぞかし甘美な陶酔であるだろうが、その酔いから冷めたとき、何も残って居ないのでは、意味が無いのでは無いだろうか?......
posted by lain at 07:05北海道 ☔雑記