渋いおっさんと無愛想な坊やが御所望ならこちらになります_(._.)_「応天の門 1巻」灰原 薬/新潮社

 僕は歴史に詳しくは無い。

 ぼんやりとこんな時代があって、こういう人たちが居たとなんとかく知っているだけの不勉強者だ。

 でも、現代人に当て嵌め難い志や文化形態を物語として楽しむのは大好きだ。特に大した知識が無い者でも、この時代はこうに違いないと合点が行くようなこだわりが見える作品には目がない。中でも中国の古典物を描かせたら天下一品の”皇なつき”さんや、”小野不由美”さんの「東京異聞」をコミカライズした”梶原にき”さんの醸し出す風情は、消費が美徳の現代において得難い存在だ。

 他にも自分なりの解釈でありながらも、ある種の到達点にある作品も面白い。”茶屋町勝呂”さんの独特な龍馬像が萌える「あざ」。男女逆転という脳内妄想200%なのにちゃんと時代背景や物語として成立してる「大奥」や、嘘まみれなのに何故かしっくり落ち着く「テルマエ・ロマエ」のような飛び道具も素晴らしい。歴史的に新しい世界観ではあるけれど、萩尾望都さんの「トーマの心臓」と「ポーの一族」なども、作者の希望的描写が強い中こうもリアリティを感じるのは何故だ?と問いたくなるほど高みにある。


 "灰原 薬"さんによる平安京物である本書は、前者と後者の狭間で美味しいとこ獲りしたような印象を受けて実にバランスが良い。建物の描写は女性作家らしくスタッフがやっているのか淡白ではあるものの、老若男女・美男美女・醜女醜男関係なく顔から体つき、そして服装の描き分けまでも素晴らしく、都の品と闇が匂い立つようなセリフ達がそこに乗ると無類のグルメも黙々と食しそうである。

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分かり易い子供VS大人の構図

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この顔を描いてる時の灰原さんを見てみたい

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なんとも絶妙なバランスの女衆

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こうしたキャラ絵のギャップが最高に物語を盛り上げてくれる




 夜這いを生業にしているようにしか見えない渋い中年貴族”在原業平”と、学問にしか興味が無く幼名で呼ばれると直ぐにムキになる可愛子ちゃん”菅原道真”が京で起きる事件を解決してゆくバディ物で、ちょっぴり菅原道真周辺が可愛すぎるところもありつつも、この時代に無理なくハマる事件概要と解決方法なのがかなり良いです。


 どの国のどんな時代であっても、宮中のドロドロした人間関係は実にドラマにするのに適した土壌であります。いつか、何百何千年か経った時、大戦終結から今に至るまでの日本の政治や皇室についても、同じように物語として扱われる日が来るのでしょうかね?

 まあ、平安京が多くの人たちの愛されているのは、ひとえにあの時代を裏付ける文献が限られているからこそ人々の期待や想像が一人歩きしてしまったからに他ならないわけで、今の世の情報化社会がこの先も壊れずに保たれてゆくなら、現代はそれほど想像を掻き立てる存在にならないかもしれません。



 どんな明瞭な映像や、言葉だけでも僕らには足りない。妄想力を最高に引き出してくれる素敵な嘘こそ望むところであります。


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 灰原薬さんのHP http://yak-h.blogspot.jp

 月刊コミック@バンチ http://www.comicbunch.com/comicinfo/outennomon/

posted by lain at 19:55北海道 ☔Comment(0)漫画

ロックにチョコは必要無い!必要無いんだ....

 年に何度か訪れる嫌な日の一つであるバレンタインデーに歯を抜いた。長年噛み合わせ的にも無意味であった最後の親知らずだ。

 親知らずの根っこが微妙に曲がっていたせいか、抜歯後の出血もなかなか収まらず、世の中が甘〜いチョコの話題に包まれている中、そんな虫歯の元になるものを食べたくならない一日だった。





 まあ最初から恋人も良く会う女友達も居ない僕にチョコをくれる人なんてまず居ない。僕がバレンタインデーなんてチョコを売りたい連中の陰謀だと叫んでも、苦し紛れで痛々しく見えるだけだろう。別にチョコで無くてもいいから、好きな相手には気持ちの篭ったプレゼントを是非送って貰いたいものだ。できるだけ僕の目が届かないところでね♡

 バレンタインに縁が無いといえば、中年のロックバンドほど世の中の風習に迎合するのが似合わない存在は無いのではなかろうか?当然多くのファンからチョコは貰うに違いないが、自分たちからチョコを渡すような真似はするまい。去年25周年を迎えたthe pillowsがまさかの甘甘なバレンタインデーソングを作ったら即ファンをやめると思う。

 そんな捩れた信頼を寄せるpillowsの『ムーンダスト』と2枚目になるトリビュート「ROCK AND SYMPATHY -tribute to the pillows-」を後れ馳せながら聴いた。




 無駄な力が抜け、また少し違うスタイルに変化し始めているようでありつつ、pillowsらしさは失っていない感じのムーンダスト。「都会のアリス」などを聴いて古株は嘆くやもしれないが、昔のままで歌い続けるのは誰しも無理な話だ。僕もハングリーなpillowsが失われてゆくのは寂しく感じる勢の一人ではあるが、彼らはCDや配信の音源よりライブ、生の音が素晴らしいバンドなので、ライブで何も感じなくなった時こそ真にファンが絶望する時かもしれません。それと、全体的に初期のpillowsっぽい匂いがするビートの曲が多いのも案外楽しめる。来月の札幌公演に行った時、これらの曲がライブでどう化学変化を起こすのかが楽しみで仕方ない。








 ある意味ライブに行くまでグレーな扱いになってしまったムーンダストに対し、pillowsを愛して止まない若手満載の第二弾トリビュートは白黒ハッキリしてました。ずばり原曲は偉大だということです。

 BUMPやミスチルといった大物が参加していた前回のトリビュートアルバム「シンクロナイズド・ロッカーズ」と比べて若手と中堅が集まった今回のアルバム、やはりというかなんというか、ピロウズの原曲への想いが強過ぎるあまり、歌の上手い人達のカラオケを聴いてる感覚が常にありました。確かに曲自体は各バンドらしくアレンジがなされていて、おおっ!っと感じるところもありましたが、どこか物足りない曲が残念ながら多かった。


 ただし、懐かしのアルバム”KOOL SPICE”から知名度の低い「開かない扉の前で」を歌った”カミナリグモ”や、自分たちのバンド名にpillowsの曲の名前を付けるような酔狂なバンド”WHITE ASH”による「WHITE ASH」の持ち歌感は素晴らしかったし、他のバンドによるカバーも、やっぱりこの曲は違う人が歌っても名曲なんだなと再認識出来るだけでも聴く価値があると思う。

 なんか無理してバンドを続けなくても、ちゃんと若手に魂は引き継がれてゆきそうで嬉しいやら寂しいやら複雑な気分ですね...






 25周年を迎えたとはいえ、さわおさんを除けば既に50代であることを考えても、この先何年バンドを続けられるか分からないのも確かなpillows。

 これからは音源やステージ一つ一つが最後になるかもしれないと考えて、じっくり味わいたいものだ。




 あ、そういやpillowsに唯一”チョコ”というキーワードが入った曲があった。

 誰にも貰えなかった人と、これからも貰う予定の無い人にこの曲を送ろう....


 





posted by lain at 21:58北海道 ☔Comment(0)音楽

終わらない休暇ってのも、ある意味地獄だ「グラン・ヴァカンス 廃園の天使 Ⅰ」飛 浩隆(著)/早川書房

ネットを利用する時というのは、検索エンジンにキーワードを羅列してピンポイントの情報を引き出したい時が多いかと思う。

夜空に薄暗く浮かんでる褐色矮星に等しい僕のブログも、わざわざブックマークを保存して見に来てくれる方より、一度きりの出逢いを求めて訪れる方がとても多い。自分で言うのもなんだけれど、残念ながら大した内容を孕んでいないブログであるし、せっかくそれらしいキーワードを含んでいても、役に立たないとガッカリした方も数知れないことだろう。

だから、こうして"飛 浩隆"さんの本がすげぇー面白いぞっ!と僕が書くよりも、今回読ませて頂いた「グラン・ヴァカンス 廃園の天使 Ⅰ」の面白さを知って貰うなら、本書のあとがきで飛浩隆さん本人の照れ隠しなコメントと、仲俣暁生さんによる解説を読むのが一番だと心底思うものの、何か言わずに居られない面白さに負けてだらだらとまとまりの悪い記事をまた書き始めてしまった。すべて飛浩隆さんが悪いw




 1000年に及ぶ長い期間、お客”ゲスト”が一人も訪れない自体になっている<夏の区界>と呼ばれる南欧の港町をモチーフとした仮想リゾートで、お客は無くとも永遠に夏を続けるAI達。彼らは自分達がどういう存在なのか理解しつつも、人間同様日々を生きていた。

 そんな夏の区界に永遠と続く季節が終わりを迎える。何処からともなく突如自分達とその空間を喰らい尽くす蜘蛛の大群が現れたのだ。僅かに生き残ったAI達は、一つのホテルに寄り集まり蜘蛛を撃退するべく行動を開始するのだが.....



 こうざっくりと書いてみると、今時流行りのフルダイブ仮想空間ネタかと思うかもしれないけれど、本書が1992〜2001年にかけて書かれたことを考えれば当時はかなり斬新であっただろうことが容易に想像出来るかと思う。なにせ自宅にネットワークの構築をするだなんて、一般人には思いもよらない時代でしたからね1992年は。

 それから時代は目まぐるしく移り変わったのだから、既に古臭いんじゃないかというとそんなこともなく、飛さん独特の生々しいネット世界の表現には畏怖を禁じ得ないものがありました。プログラムされた人・場所であるにも関わらず、それらが来襲した蜘蛛達に分解される様はグロいB級映画を観ている以上に重い。そして、たとえ嘘の記憶だと分かっていても、それを頼りに生きているAIの生と性が、彼らの死と共にこれでもかと押し寄せてくる感じがたまらない。



 次々と悪趣味な苦痛を与えられるAI達。<夏の区界>がゲスト相手に果たして来た役割の含む闇と、それぞれの人生語りがまたなんとも言えず良いから尚更読んでいて苦しい。飛さんの綿密に練られた場面配置や台詞の一つ一つは本当に素晴らしく、夏の区界の潮の香りまで漂って来そうなのは最高ではあるが、こういった辛く苦しいシーンの連続は読者を選ぶかもしれない。


だが穏やかで心地良い風が吹く冒頭から一気に地獄へと叩き落され、結末に向かう間に削ぎ落とされて残る繊細な美しさまでは是が非でも辿りついて欲しいと思いました。本書を僕は中古で買ったわけだが、2数年前の段階で3刷りというのが信じられなかった。この本がこのままSF界隈だけで埋もれてゆくのは凄く寂しい....

専門用語が難しいと女性に敬遠されがちなSFであっても、奔流の小説群に負けない文学性があるのだと、飛浩隆さんの本などで少しでも多くの人に知って貰えたら嬉しいですね。




さあ、こんなページは早いところ閉じてしまって、あなたも一緒に夏の区界で1番長い1日を味わおうじゃないか。


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posted by lain at 07:19北海道 ☔Comment(0)小説