意味なんて無くても人生は続く

 腹が減れば飯を喰うように、いつの間にか僕はアニメが無いと暮らしていけない身体になっていた。

 それこそ町内で事足りてしまうサザエさんから、銀河の覇権を争う銀河英雄伝説まで色んなアニメを観て来た。


 別にそれが何の役に立ったかと考えると、ただただ自分に都合が良いように世界を捉えることが上手くなったと言うだけのことで、いちいち世の中を憂いて憤る今の自分が、大人として立派に成長したのか、ただくたびれただけなのかは自明である。


 だいたい、何本アニメを見た。何冊本を読んだ。何人の女性と寝た。何円金を稼いだ。

 そんな数を競って何になるというのか?




 生きるというのは、はっきり言って楽しい時より辛い時間が長い。しかも時折訪れる楽しい時間でさえ「いつか死ぬのに何になるのか?」と問われたら返答に困る程度のささやかさだ。

 しかし、その一時の心の充足のために生きるのもまた一興である。どうせ生まれたからには、酸いも甘いも長い人生における暇つぶしの一環と思って味わった方が楽しい。本当の意味での勝ち組とは、どんな状況でも楽しめる者のことを指すのであるに違いないし。


 そんな生きる意味を見出し難い人の世では、多くの人がこう考える「死んだら直ぐに忘れられてしまうんだろうな」と。

 まあ、生きていても忘れ去られている人間も大勢いるわけだから、死んだ先の話をしている場合でも無いと思うが、やっぱり誰かに自分という存在を認めて貰えて初めて自分が人間であると認識出来るものだと思うし、独りはなんだかんだ寂しい。どんな意識改革をしたってこれは変え難いものだ。

 そうは言っても、周りにわざわざ「僕のこと憶えていて下さいねっ!」と、念を押すのも何かが違う。結局のところ、日々の過ごし方一つで決まってしまうものだろう。







 
 数日前、歌手のOrigaさんが亡くなった。享年44歳。実に早過ぎる死だ。

 その訃報をいち早く伝えたのは、彼女の知人であるロシア人声優でした。

 Origaの音楽を愛し、応援し合う仲であった彼女は、これ先何度もOrigaの名を思い出すに違いない。

 有名人だし悔まれて当然だと思う人も多いだろう。しかし有名であってもやって来たことがお粗末ではあっという間に記憶の彼方に追いやられてお終いだ。流行語大賞を取った一発屋なお笑い芸人の末路を見れば分かり易い。

  

 正直僕はORIGAのアルバムを数枚しか聴いたことがない。普通に攻殻機動隊SACで彼女の歌声を意識したにわか者だ。

 まったく攻殻機動隊に関係無い彼女のアルバムも買おうと決意したのも、アニメ”ファンタジックチルドレン”のED「水のまどろみ」にドハマリしたせいでもある。

 


 ロシア人でありながらも、日本に拠点を置いて活動していたというだけでも多国籍なイメージを受けるわけだが、ロシア語、英語、日本語が入り乱れる楽曲達を丹念に歌いあげる彼女の歌声の異世界感たら無かった。伸びやかに何処までも空へと飛翔して行きそうなほど幻想的な響きなのだ。

 去年も某ゲームのサントラに参加して歌声を披露していた彼女が、もう居ないなんて信じ難い事実であります。もっともっとこれから先のある人でした....


 

 

 







 僕はどんな形でも誰かに憶えていて貰いたい。たとえその人の命限りの記憶であっても。

 憶えていて貰う為に何をしたら良いかだなんて、いちいち周到に考えたくも無いが、「求めよさらば与えられん」を信条に、自分に少しでも何かを与えてくれた人達のことだけは憶えていたいと心から思う。




 いつか、この世に”さよなら”を告げる時、僕は誰の顔を思い出すのでしょうね...... 

 



posted by lain at 07:15北海道 ☔Comment(0)雑記