死とは命の限りにあらず「The Indifference Engine」伊藤計劃(著)/早川書房

たった二年足らずのプロ作家活動でありながら、これほど惜しまれる小説家も近年稀なのではないでしょうか?

世に出た3冊の単行本だけでは到底満足出来ないと、彼の死後次々と雑誌掲載作品などを中心に書籍が発売。遺作となった「屍者の帝国」などは、盟友”円城塔”さんによって完成することにもなった。

僕の好みが偏っていること。小島秀夫という著名人が彼を放っておかなかったという背景も確かにあるけれど、それらを差し引いても伊藤計劃という人は過分に評価された人物では無いと思うのです。

今回読ませて頂いた短編集収録の虐殺器官スピンオフ"The Indifference Engine"の総毛立つほどの静かな怒りは素晴らしいとしか言いようが無いし、虐殺器官の元になったというスナッチャーの同人的作品やメタルギアソリッド3のその後を書いたもの等も、小島ワールドの魅力を十二分に引き出していて最高だった。

007のジェームスボンドをSFちっくにオマージュした短編にしても、元の007をほとんど知らない僕が、もっとこの先を読みたいと思えました。自らを皮肉った「セカイ、蛮族、ぼく。」の片鱗も合わせ、伊藤さんの非凡さ、貪欲さが其処彼処から伝わって来るのです。


伊藤さんは受け取ることがとても上手な人でした。しかし試行錯誤な努力の日々を経て、手渡すことも上手な人になりました。その身を蝕む存在への生々しい想いが反映された作品群からは、諦めでも後悔でもなく、やり場のない怒りが静かに燻り出していて


死とはなんだ?

生きるとはどういうことだ?


という切実さがあり、本物の葛藤が嘘の世界に命を吹き込んでいたからこその凄味がありました。それは、どんな負の要素でも、生きた証を立てる糧に出来るのだと、僕らに知らしめてくれているようでもあります。






そんな伊藤計劃さんそのものである作品達の魅力を、どれだけ伝えられる物になるのか、まだなんとも言えませんが、フジが作るという虐殺〜屍者までのアニメ版により、これから先、伊藤計劃さんのミームが更に広まってゆくのは間違いないことでしょう。

本当の意味での死とは、人々の心から忘れ去られることだという言葉、言い得て妙ですね。



願わくば、僕ら自身のミームも何処かに遺して行けますように.....

posted by lain at 08:53北海道 ☔Comment(0)小説

覗く人と覗く人を覗く人。更にそれを覗く僕達は一体?....「危険なプロット(Dans la maison :原題)」フランソワ・オゾン(監督)

 国語の教師”ジェルマン”は、新学期早々子供達の出来の悪い作文に憤慨していた。

 週末の出来事を書けと宿題を出したら、二日間をたった2行で書いてみたり、まるで文学の欠片も感じない嘆かわしい痴態を吐露しているだけの文章ばかりだったからだ。


 しかし、そんな粗雑な紙切れの中に、およそ16歳の作品と思えないよう読み手を引き込む作文を書いた生徒が一人だけいた。

 普通を絵に書いたような同級生”ラファ・アルトール”の「普通の家族」のあり方に興味を持ったその生徒”クロード・ガルシア”は、ラファに数学を教えることを理由に、家族の懐に入り込むことに成功すると

 妻が何を欲しがっているか?

 夫の仕事は上手くいっているのか?

 父と子はどんなことに熱くなるのか?


 クロードはこと細かにアルトール家の主義嗜好を分析し、彼等の様子と、それをを盗み見た自分の週末を作文へと起こしたのだ。




  子供達の独創性や好奇心の在り方に不満を持っていたジェルマンは、クロードが書いた写実というには文学的である文章に惹かれ、最後に記された「続く」の文字によりすっかり虜になってしまい、国語教師としての指導を大きく逸脱して積極的にクロードの作品の質を向上すべく協力し始める。アルトール家への介入がエスカレートしてゆくのを見逃し、ラファの数学のテストの点が悪いと彼の家へ入り込めず作文は書けないとクロードが言えば、数学の答案を盗み出すことまでする始末。

 ジェルマンの勢いに乗せられ徐々に脚色なのか真実なのか分からない描写をしたためだすクロード。現実がクロードに書かせているのか、クロードが書いたことが現実になっているのか、どんどん判別出来なくなってゆく感じが良い匙加減でワクワクドキドキさせられる。 おかげでどう考えてもハッピーエンドはありえない様相を呈してゆくことになるけれど、ジェルマンが画廊を営む妻とクロードの作文についてあーでもないこーでもないとフランス人らしく楽しむインターバルが挿入されているから、深刻過ぎる雰囲気にならないのが絶妙。 妻の画廊で扱っている芸術作品の奇抜さや、ジェルマンが妻の論評をそのまま自分の意見としてクロードに指導している姿も滑稽で笑えてしまうw




 好奇心を刺激する覗きに魅せられた生徒と教師が迎える皮肉な結末からは、物語を練る者と、それを鑑賞する者とが抱えるジレンマを強く感じた。戦争の映画を撮っても、実際に砲弾が行き交う戦場を経験したことにはならないし、美男美女の熱い恋愛模様を観たからといって自分が大恋愛をしたわけでもない。 ただひたすら自分には叶えられない願望を頭の中で想像しているに過ぎなくても、ついつい嘘に夢中になってしまう自分達を、実にフランスらしい皮肉なユーモアで表現出来ていた気がする。


 穿った見方をすると、クロードがジェルマンに惹かれて彼を自分だけの物にしようと画策した結果だと受け取ることも出来るでしょうが、物悲しくも暖かい二人の絆が凄く伝わる良い幕引きだったと思います。

 ジェルマン役のファブリス・ルキーニの変わり者風情も良かったし、なにより16歳のクロードにちゃんと見える美男子エルンスト・ウンハウワーが素晴らしい。演技はそこそこぐらいだが、セクシャルなシーンもあるから彼のような役者の存在は実に大きかったことでしょう。


 「ぼくを葬る」とはまた違うフランソワ・オゾン監督の凄みを覗き見た気分でいっぱいになれる贅沢な映画でした。






フランソワ・オゾン、“目力”で抜てきした美少年エルンストと語る ...

 公式ウェブサイト




 関連過去記事
 『どんな人にも訪れる。死はいつも僕らの側に...「ぼくを葬る /フランソワ・オゾン(監督)/ 2005年 / フランス/映画 」


posted by lain at 06:58北海道 ☔Comment(0)映画

あなたの”普通”を決めるのは社会ではない。だけど....「サード」坂井恵理(著)

 社会と言うのは、大多数の言葉で回り、たとえ49%の人が反対しても、51%が道筋を決める。

 世に言う「普通」の人であれば、それでなんら不都合は無いわけだが、それが30%、20%、更には10%未満の「普通では無い」とされる人になると、生きるか死ぬかの死活問題に繋がってしまう。


 何もって普通と定義するかは、それぞれあることだろう。

 人を殺す

 奇声をあげて歩き回る

 虫を生きたまま喰らう

 落ちたコインの種類と枚数を当てる

 集団で穴という穴を犯し合う

 こんな↑ことを自然にしている人を僕は普通じゃないと考えるが、それらを普通の営みだと信じている人は実在するし、僅かな例外を除けば、自分の「普通」を自分で決めたうえで社会と生きる困難さに直面している。「普通ではない」とレッテルを貼られていようとも、悩み苦しむことに変わりは無いのだ。



 坂井恵理さんの『サード』は、そんな「普通ではない」と世間に値踏みされ、自分の性に翻弄されることとなった少女の物語で、男と女それにサードと呼ばれる男女の中間に位置するような性別が有り、女は卵巣、サードは子宮だけを持っているため、通常三人で結婚し子供を育てるのが当たり前とされる社会の中で、漠然とした不安を感じている主人公が、友人の死や三人で愛し合うことへの違和感、そして自らの性別の特殊さに形容し難い想いを抱えつつ、自分の「普通」を勝ち取ってゆく姿がとても良い。

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 3つの性という近未来的SFちっくな描き方をしているものの、明らかに同性愛について語っているし、男女で愛し合わなければならない理由にも言及したりもする。男同士で何が悪いのか?女同士は許されないのか?分かり易い線引きで男女の役割をハッキリさせなければならないのは誰の都合なのか?

 多くの”Why?”を抱え、性の狭間で心を揺らす人々の生の声が描かれているので、正直架空の物語として単純に楽しむことが出来ませんでしたが、性に苦しむ当事者だけではなくて、家族に友人、愛しい人、更には自分が選んだ未来の先に居る『子供』にまで至る内容には何度も唸りました。本作は様々なケースの悩みを抱える性的マイノリティの心に届くに違いない。

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 子供を待望していたわけでも無いまま妊娠し、その胎児を亡くしてしまった坂井さん。そんなショックな出来事の直後に授かった新たな命を無事出産したという経験が生きているからこその重みのある内容なのでしょう。実に面白い試みでした。

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坂井恵理Twitter https://twitter.com/erisakai
posted by lain at 07:16北海道 ☔Comment(0)漫画