前のめりに後ろ向き「夕日信仰ヒガシズム」amazarashi/2014年

 PCで素人に毛が生えたくらいの人でもかなり本格的な楽曲を作り配信することが出来るようになった昨今、音楽シーンは細分化の極致にある。みんなが同じ曲に夢中になるなんてことは、もうありえない。

 しかし、それだけ細分化されているというのに、この人で無ければ作れないと思える楽曲は正直少ない。誰かの模倣だったり、教科書通りの作り方であったり、プロデューサーやレコード会社の制作姿勢がモロに分かってしまうアーティストと楽曲が多いように思います。

 短い期間、思い出作り程度に音楽活動をするならそれでも良いのでしょう。聴く方も聴いたそばから忘れる程度のありがちな曲の方が気楽かもしれない。


 でも、10年後20年後まで語り継がれるアーティストになりたかったら、誰かの用意した靴に合わせるような生き方をしちゃ駄目。まだまだ変わり続けるかもしれない自分を型にハメるようなものだ。

 若いうちは素足で上等。とことん自分が納得いくまでやる。靴を履かなかったことで負ってしまった傷だって、新しい自分を生み出すチャンスになるはず!


 なんて、何一つ夢を持てなかった中年が、こんなことを言っても説得力に欠けるけれど、”秋田ひろむ”の言葉にならば耳を傾けてくれそうな気がする。

 彼の楽曲は、先人の優れた純文学に影響を受けた架空の世界ではあるものの、秋田ひろむ本人の価値観がそこにピッタリ符合しているとしか思えない重みに満ちている。




 『血の気の多い平和主義ばっか』


 『きっといい事ばかりじゃないけど だからこそ 僕らは行くんだよ』


 『勝てない訳ないよ自分なら 僕が一番分かってる 僕の弱さなら』


 『穴を掘っている 自暴自棄にスコップを突き立てる』


 『誰かの言葉で話すのやめた 誰かの為に話すのやめた』


 『夢は必ず叶うから って夢を叶えた人達が 臆面もなく歌うから 僕らの居場所はなくなった』


 『「勝ち負けじゃない」とは苦し紛れに言うが 勝たなきゃならぬ理由も少なからず背負った』


 『ガキみたいって言われた 無謀だって言われた それなら僕も捨てたもんじゃないよな』





 すべて2edフルアルバムの楽曲のフレーズ。内外への苛立ちや悔恨の渦に埋没しながらも、自問自答の先で足掻き続ける丸裸な男の言葉だ。今では珍しい綺麗な日本語を使うから、なおのことその言葉の意味が重く突き刺さる。

 前回のミニアルバム「あんたへ」でみせたわずかな精神的余裕というか、希望をそっくりそのまま拒絶したような、改めて自分は幸せになっちゃいけない人間だと自身に言い聞かせているかのようだった。力任せに迷いを吹っ切ろうとしつつも、徒労に終わってゆく感じがして、統一感という点ではあまり良いアルバムでは無かったです。


 しかし、そんな不協和音なamazarashiでさえ魅力でしかない。幼い頃、無邪気に愛が勇気が世界を救うと、テレビや漫画・ゲームで信じさせられたせいで、大人になるにつれて深く傷ついてきた世代の絶望と僅かな希望、そして危うい陶酔を体現しているからこその生々しい人間臭さに僕らは惚れたのだから。

 これだけネットで色んなことをぶちまけることが出来る時代になっても、自分たちの代弁者を人々は求める。そして”秋田ひろむ”ほど現代の代弁者に相応しいアーティストは居ないのではなかろうか?




 なかなか芽のでない時期を過ごしたthe pillowsなどもそうですが、前のめりの後ろ向き精神を歌った歌は切実さが一味違います。

 徐々に移り変わる心に戸惑い、受け入れたり拒絶したりを繰り返す姿さえ愛おしくなる。

 この先どんな言葉を紡ぐ人間になってゆくか分からないけれど、彼のような稀有な音楽馬鹿の行く末を見守り続けたいです。
posted by lain at 06:55北海道 ☔Comment(0)音楽