雨は高らかに愛を唄う「言の葉の庭」新海誠/2013年/感想

いつもの事だけど、観よう観ようと思いつつ棚上げしてた新海誠さんの新作をようやく観た。

相変わらずめちゃくちゃ中二病の恋だったw




直ぐ何処かの誰かと恋に堕ちて来る母親が、ほとんど面倒を見てくれず、兄は兄で仕事が忙しいため、自然と身の回りの事を出来る男になっていた”秋月 孝雄”には、ささやかな夢がある。今時見向きのされない靴職人だ。

幼い頃に母へプレゼントした靴の美しさに魅せられ、独学の見よう見まねで靴作りの勉強をしている彼は、雨が降ると学校へ行かずお気に入りの庭園へゆき、靴のスケッチをするのが日課。


そんなある雨の日。彼はいつものように向った庭園の休憩所で、昼間っからビールを飲み、しかもチョコレートがおつまみという驚異的な女性に出逢う。

最初は変なひとだと思っていたものの、何度も雨の日に同じ場所で逢っているうちに、女性に惹かれていった孝雄は、貴女のための靴を作らせて欲しいとまで想うようになるのだが、彼女には彼に話せない秘密があった.....
好きな物を、好きなように、個人レベルでここまで作ることが出来るのだと、新海誠の名と共に世間一般に大きく知らしめることとなった「ほしのこえ」から気付けば12年ほどが経ち、彼の映像作りもいよいよ円熟して日本を代表するジブリの仕事か、それ以上に思える場面も創り出せるようになったように観ていて感じました。

実写と見紛う自然の描写。雨の音。光と影の独特な濃度。どれを取っても素晴らしい。特に今回は、雨で自然や街並、そして心情までを描き出すと言う狙いも見事にハマっていて凄く良かったです。


46分というのが、短過ぎると思うひともいるだろうけど、この密度で1時間半以上の映画を作るのは現実的じゃないようにさえ思いました。良く動き、良く描き込まれた背景を多用するジブリが異常なんですよw

新海さんの手法がどういう物なのか、調べたことが無いのでよく分かりませんが、庭園の池を映したカットなんかは実写を使ってそこからアニメーションに起こしているような気がしました。PCであれこれ出来る今なら実写を活かした方法の方が作業効率が良さそうでもありますし、ジブリのような手作業の大変さをなんらかの形で緩和されているのかもしれませんね。




しかし、そんな映像の美しさに反して、少年と女性の有り得ないシチュエーションや中二病なセリフの数々がどうにも見てて恥ずかしい.....

女は悲劇のヒロインになりたがり、少年は叶わぬ恋に背伸びする。

2人共現実を生きていないし、まるで自分で嘆いて自分で慰めているみたいに綺麗に自己完結している。庭園で語らう二人の実距離はとても近いのに、まるで違う銀河に居るみたいに隔たりがあるんです。相手を好きなんじゃなくて、あのひとを好きな自分が好き。そんな風に見えてしまいました。

それが意図したものであってもなくても、ぶっちゃけセリフは要らない映画なのではないかとさえ考えてしまいました。雨の音に大事なこと全てを語らせる作品にしたら感動が二倍にも三倍にもなったのでは無いかとさえ....

あのひとに逢いたくて、ついつい雨を期待してしまう2人の男女。けれど2人には大きな障害がある。赦されない関係でありながらも、雨の日にだけ、あの場所で逢えるという素敵さ....言葉なんて無粋ですよね。




蛇足ですが、少し陰のある2人の数ある絵になるシーンの中で、特に女性の足のサイズを採寸するシーンの、少年の淡い期待と女性の罪悪感が入り混じった感じがとても印象に残りました。このシーン凄くエッチなシーンですよね?新海さん?

自分だけではなく、多くのスタッフで作るようになったので、自らの中二臭い陶酔心を他人に素手でベタベタ触られ大変な想いをしていることでしょうけど、そんな恥ずかしいまでの中二病の恋が新海さんの弱みでもあり凄みでもあるとも思うので、なんだかんだ言ってもこれから先もどんどん詩的でこっ恥ずかしい作品作って欲しいものです。




(= ワ =*).。oO新海さんのティストで、総監督を高畑勲さんが務めたりしたらもの凄いのが出来そうな予感がする....






posted by lain at 07:21北海道 ☔Comment(0)アニメ