多いに悩み、大いに生きよう「人間はいろいろな問題についてどう考えていけば良いのか」/森博嗣/新潮社/2013年

 僕ら人間は、日々小さい事から大きな事まで悩んでいるつもりになっている。

 勉強や仕事で悩み。家族や友達との人間関係に悩み。果てには娯楽のはずのゲームやテレビで悩みだす。


 けれど、悩むときどんなベクトルで、どんな視点で物事を考えているだろう?自分の狭い利益の事に気を取られ、最善の道を見失っていないだろうか?

 そんな客観性を失い視野が狭くなった時、とりあえずあらゆる事を”抽象化”してみてはどうかと森博嗣さんは本書で提案していた。



 頭に血がのぼり感情的になって物事を考え、熟考する事もせずに決断を出したりせず、一旦その問題をぼんやりした曖昧な形にしておいたり、棚上げしたりしておいて、一歩引いた位置から周りが見えて来るのを待ってみようくらいの落ち着きが肝要なのではと言うのだ。しっかり時間をかけて考えればこういう見方もあったかもしれないと気持ちが変わる事もあるだろうし、短絡的に決断しなくなるから後悔は減って選択肢は増える。もっと合理的で満足感のある生き方が出来るはずだと、庭いじりをたとえに上げて森さんらしい言葉で語っている。


 テーマが抽象化なので、実際に本書を読んだ僕にも上手く説明出来ませんが、何故”原子力発電所”に反対する人は、それに変わる具体的な案を提示しないで反対しているのか?とか、何故”尖閣諸島”は相手の国の物だと主張する意見が上がって来ないのか?といった切り込みで客観的に思考する具体例にも触れてらっしゃっているので、そうその通りだと合点がいってしまう所がきっとあると思います。

 森さんの著書に「的を射る言葉 」と言う本がありますが、本当に森さんの言葉はいつも腑に落ちる。思わず「そうその通り!」と言いたくなるしっくりさで僕らのモヤモヤの原因を言い当ててくれます。

  
 しかし、森さんの書く魅力的な理想の思考の仕方を、僕自ら真似する必要があるかと言えば、それはまた少し違うとも思う。感情的で愚かな酷く人間らしい自分も僕は嫌いではないし、そんな悠長に思考をしている暇がどれだけの人に許されているかと言うのも事実であって、日々生活に追われ余裕の無い相手には何を言っても無駄な場面も多い。森さんの美学が好きだから森さんの考えの通りに思考するなんて事はミスチョイスも甚だしい限りなのです。理想で腹が膨れるなら誰も苦労しないのである(白目


 僕らは何をしてても不安定で完全では居られない。お腹が減ってもだめだし、お腹一杯でもだめだ。寝不足でもだめだし、寝過ぎでもだめ。常に何かしらの要因で身体と心のバランスは崩れてしまい、今自分が1番欲するところへ流れ着いてしまう。

 だがそんな不安定な状態を是正し、完全では無くともそれに近づける事は出来る。叶わないから求め甲斐があるというものなのだ。



 結局、もっと考えて欲しいと嘆く森さんの狙い通り色んな事を考えてしまったし、氏がまとめたままの結論を僕も出してしまった。

まだまだ森博嗣と言う人の手のひらから、一人の人間として飛び出せそうに無い自分の浅さが身に染みる....




森さんの本を読んでいると、高卒な僕は大学で勉強してみたくなる。こんなに抽象的について具体的に説明してくれる先生の授業が受けられるならキャンパスライフも相当に刺激的なものになるだろうから。

いまでは作家"森博嗣"として有名ですが、やはり根っこは酸いも甘いも知り尽くした研究者なのだと思いました。森博嗣さんの分析力に触れると、自分まで森さんの思考に近づいたような錯覚さえ覚えてしまいますw


自分を見つめ直すには素晴らしい一冊でした。


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ちなみに本書で一番突き刺さった言葉は「願い」を「意見」にしてはいけないでした -(=゚ロ゚=)→グサッ
posted by lain at 07:21北海道 ☔小説