ダイオウイカ獲ったどぉ!(再放送)『NHKスペシャル 「世界初撮影! 深海の超巨大イカ」』

 ここ数年民放の番組がつまらなくなった分、事実上国営放送と言えるNHKの番組が非常に株を上げている。


 純粋に人々が興味を持てる映像を、下手にスポンサーや芸能事務所との兼ね合いを考えずに作れるからでしょう。



 それでなくともテレビでの広告に掛けるお金を減らし、ネット広告を重視する企業が増えており、民放テレビ各局は、いかに広告料を確保するのかばかりに躍起になって、実績のある長寿番組であるとか、他所の局で成功した類似品を製作したりして、チャレンジングな事は避けているのが現状。



 だから、普段自由に行けるはずの無い深海600mを越える暗闇に生息する「ダイオウイカ」を追いかけたドキュメンタリーが、裏番組の「アバター」を遥かにしのぐ視聴率を稼いだ事も別段驚く話でも無く当然の事。


 僕は本放送を見逃したので再放送分を鑑賞してみたのですが、どこぞの監督が技術力を無駄に使って存在しない惑星と生き物をリアルに撮った内容の映画より、同じく無駄に時間とお金と技術力を使ってはいても「現実」に存在する化物を追った映像の方がよほどインパクトがありました。


 あの手この手で何年もの時間を掛け、おそらく何億単位に迫る金額をも投じて馬鹿でかい”イカ”を追う研究者達の無邪気な姿や、上手くカメラの前に引きずり出されてしまったダイオウイカの怪し気な勇姿はドキュメンタリーでしか見れない貴重な映像でした。ダイオウイカの瞬き気持悪かったなぁwwww




 ただ正直言ってダイオウイカの研究にそれほど意味があるとは思えないし、ぶっちゃけお金の無駄遣いですらあるのも事実。


 だいたい研究者なんてものは、自分の好奇心の矛先にあるものを、他者にとっても必要なものだとすり替えて、いかに周りから予算を確保し研究を続けるかばかりを考えてるわけで、いつまでも研究が役にたたなければ社会の寄生虫でしか無い。



 だけど、こんな面白い無駄なら誰でもやってみたくて当然だろう。誰を差し置いてでも探索してみたいと言う点では、深海は宇宙と同じくらい異世界なのだから。


 「行ける」のならば行きたいのが人間。好奇心は動き出したら止まらない(*ゝ∀・*)b







 ジェームズ・キャメロンさん。


 あなたもダイオウイカ観た方が良いですよ。


 そしてあなたの映画「アビス」の美しい光景を思い出して下さい....






 NHK特設深海ページ http://www.nhk.or.jp/ocean/giantcreature/
posted by lain at 06:57北海道 ☔Comment(0)てれび

残すはラストシーズンのみ「コールドケース シーズン6」/AXN/スカパー/2012年/海外ドラマ/感想

 殺人事件に時効が無いアメリカで、過去の未解決事件を担当する”リリー・ラッシュ”とその仲間達が、時の流れに埋もれてしまった人々の想いに光りを当ててゆくのが独特で、被害者が生きていた時代のアメリカをその頃ヒットした曲と共に再現した過去映像を挿み、当時被害者と関係のあった人物達の中から容疑者を絞ってゆくのが実に斬新でした。


 だが視聴者と言うのは飽きっぽい生き物。 派手などんでん返しや意外性もあまり無いまま人間ドラマばかりに執着し、毎度お決まりの御涙頂戴への流れがあまりにも単調に感じるようになりました。

 外連味たっぷりに盛り上げるのはコールドケースらしく無いかもしれませんが、もう少し最初の頃の緊張感ある人間ドラマが最近のシーズンに欲しかったです。同僚が死んじゃうとか、悪い事しちゃうとかw

 下手なテコ入れは番組の寿命を縮める事になる原因にもなりますが、どうせテコ入れしなくとも失速したわけですから、新しい展開や手法を取り入れても良かったかと思います。元祖CSIのように。

 


 僕らは日本人ですから、アメリカの文化や歴史にそこまで詳しく無いため、当時を思い出しながら楽しむと言う部分が若干弱かったりするので、事件の異常性や意外性が海外ドラマの盛り上げに欠かせ無い気がしてしまう。

 ネタが切れるまでの数シーズンまでは、ドラマ性だけでもバリエーションが豊富で感動出来るエピソードも多かったんですけどねぇ….




 とは言え、流石にシーズン6のラスト2話は素晴らしい意外性とどんでん返しが人間ドラマと噛み合っていて楽しめましたし、残すはラストシーズンのみなのでちゃんと最後まで観たいですね♪

 WOWOW組の皆さんは、しばしネタバレを我慢してください(;゚∇゚)ノ
 

 



 AXN公式HP http://axn.co.jp/program/coldcase/

 WOWOW公式 http://www.wowow.co.jp/drama/cold/trailer.html

葬送の跡に

 昨夜、十数年振りに喪服を着た。

 毎年のように父の地元へ帰ったら顔を見に行っていた曾祖母の葬儀に行って以来だった。


 普段仕事で背広も着ないし、ネクタイも締めないので、すっかりネクタイを締めるところから思い出さねばならないと言う失態を演じながら、最近は疎遠になっていた叔母のお通夜へと向かいました。

 叔母と言っても、母とは10歳以上歳が離れており、母自身も姉妹と言う感覚が無いらしく、知り合いのお姉さんが亡くなったくらいの感覚のようでした。

 脳の関係で倒れ、失語や記憶障害等の様々な症状に見舞われてからは、なおの事疎遠になっていたのですが、子供の頃ちょくちょく顔を合わせており、人当たりの優しい叔母の笑い顔を今でも想い出します。


 僕は派手な葬送は好きでは無いし、一切宗教にも関わりたくない人ですが、会場の啜り泣く声と故人と元々縁があったお坊さんの感情が籠った言葉を耳にしていて、誰かの披露宴を観て自分も結婚式を挙げたいと感じてしまう世の女性のように、こんな心の籠った儀式ならば、悪く無いなと素直に感じました。

 葬送は死した者の為ではなく、遺された者達のけじめとも言える行為ですから、死者がどう考えていようとも、遺された人々の想いのままに執り行う事こそ大事なのかもしれませんね。




 追伸、奇しくも叔母と同じような病いに苦しみ、ほぼ同じ年齢で亡くなられた ”大島渚”

 生前良いところも悪いところもあった大島渚さんですが、僕らくらいの世代にとっては、いつもニコニコしながらバラエティ番組に出ていたイメージが大きかったです。


 叔母と共に監督のご冥福もお祈り致します....




自分の死後、「あの人も悪い人じゃ無かったね」って、酒の肴にしてもらえれば嬉しい限りですね。
posted by lain at 07:11北海道 ☔Comment(0)雑記