あまりにも突然だった死、その可能性がある事を僕達は忘れていた....「MotoGP 第12戦サンマリノGP」

 僕はいつもの様に仕事へ行った。休み明けで気乗りしない気分のなか、会社で数少ないMotoGPの話が出来る先輩に挨拶。その挨拶の代わりに返って来た言葉「富沢が死んだって」.......え?! 突然の言葉に理解出来ない僕。いくつか質問していくうちに明確になっていく富沢の死....「本当なんだ?!」



 昨日の僕は違う事に気をとられ、MotoGPを観る事を後回しにしてしまった。そんな僕も悪いが、観たかどうかも聞かずこれほどショックな出来事を人から聞く事になるとは....人生で一番ショックなネタバレでした。


 今日一日は彼の事しか頭に無かった。何故、転んだのか?何故、轢かれたのか?何故、なぜ、ナゼ.....仕事の合間にネットをチェックしても同じような記事ばかり。その記事一つ一つを読むたびに重くなる彼の死。突然の死はその事実を受け入れるまでに時間がかかり過ぎるものですね...


 少し長引いた仕事を終えやっと帰宅し、直ぐさまMoto2クラスをチェックしました。スタートから数週で先頭にたつ富沢、少し焦りさえ感じるほどに彼は攻めに攻めていました。開幕戦を制し、ポイントも上位を狙える位置にいた富沢。しかしここ数戦は見せ場が少なく、少しでも上位を狙うためには無理をしてでも攻める必要はあったのかもしれません。

 そんな彼の戦う気持ちの結果がこれだなんて...神はいないのだと改めて思いしりました。些細な要素が重なり産み出す悲惨な出来事、誰もがそれを理解しているからこそ、彼を轢いたライダーを責める事なんて出来ない。でも!だからこそ憤りを隠せない!!



 ライダー達は、死と隣り合わせの世界で、お互いの技量を信用し本気で戦いあい、自らの限界を引き出して自ら死に近づこうとする。常人には正気の沙汰では無い行為でしかなく、富沢の死でさえ下らないと一蹴されてしまっているかもしれない。だが、人が輝く瞬間は限りなく死に近い瞬間でもあると僕は思う。

 陸上競技だろうが、球技であろうが、格闘技であろうが、死はつきまとう。人は絶えず生の実感を得るために死に近づく生き物なのだ。だから彼の死を嘆くのを止めようと思う。彼は戦って死んだ!最後まで戦って死んだんだ....


 そうは思うものの、惜しいライダーを失った事に代わりない...まだ19歳、これから、全てはこれからだった!娘と同じ名前のサーキットで散った加藤大治郎といい、不運な交通事故で亡くなった阿部典史といい、日本のバイクレース界は呪われているのではないか? 地上波では放送されないMotoGPだが、これほど日本のメーカーや日本人ライダーが活躍しているモータースポーツがあるだろうか?何故もっとメディアは取り上げないのか?何故もっと観る人が増えないのか?NHK以外にテレビ局が富沢の死を報道した局があるの?どうせ流してもほんの一瞬なのでしょう?




 すみません。やり切れない思いが止まず、不毛な事を書いてしまいましたが、それだけ将来のあるライダーだったのです。可能性なんてとうに置き去りにしてきた僕らにとって、彼のような若者の活躍は僕らの原動力になっていました..... MotoGPを良く知らない方も、短い人生のレースを終えた”富沢祥也”と言う戦士がいた事を覚えていて下さい。


 彼の冥福を心よりお祈りいたします....