コービーとマクレーがダブって見えた月曜日

WRC
昨日、バスケ好きには辛いニュースが流れていた。ほんの2年前に現役を引退したばかりのコービー・ブライアントがヘリの事故で亡くなったと云うのだ。

自分はまるでNBAに詳しく無いが、彼が無双していた時代、深夜に歯を磨きながら連日観ていた時期があったから少なからずショックだった。病気や寿命で亡くなるのも残念ではあるが、こうした事故で命が損なわれる方が辛い。詳しいことは分からないが、もしコービーがヘリを操縦していて事故を起こしたのならば遣る瀬なさは倍増するだろう。一報を見た時、思わずWRCの元王者コリン・マクレーの事故を思い出してしまった。彼も自分でヘリを操り身内と共に帰らぬ人となった。レースで亡くなるのは亡くなるので辛いものだが、普段の方が断然命懸けなのに思わぬところでというのは勘弁願いたい...


WRCはいつも通り他の最高峰レースに先駆け開幕戦を終えた。主要なドライバーが軒並み移籍した中、移籍しなかった男が順当に勝った。



去年の王者が早々に消えるという衝撃後、TOYOTAが1位2位と進行。これは早速日本人には嬉しい結果が来るのか?と期待は高まったものの、勝負の世界はそう甘く無い。今年限りで引退を決めているオジェは爆発力に欠けていたし、期待以上ではあっても”それ以上”では無かったエバンス。19歳のロヴァンペラは将来性を感じる走りであったし勝田貴元も順当に走り終えたが、若手ベテラン共に車の性能を理解仕切れていないのが伝わってくる内容だった。オフシーズンに膨れ上がった期待が大き過ぎたせいもあるが、なんとなく消化不良の感が否めない。

とは言いつつも、完全にTOYOTA贔屓になっている自分としては、ヒュンダイの代表の顔もあまり好きでは無いし、そのチームにTOYOTAを頂点に導いた男が移籍したことも残念に思っているが、才能があるのに長年苦しんでいるヌービルが勝ったことは嬉しく感じた。派手に吹っ飛んだタナクが無事であったことに心から安堵した。彼らがTOYOTAの前に立ち塞がってこそ、WRCは盛り上がるはずなのだ。ついでにMスポーツも元気であればなおのこと面白くなることだろう。この3チームに絡んで欲しかったシトロエンが正式に撤退してしまったのは寂しい限りだが、ドライバー単位でなら楽しみに事欠かない。



毎戦何かしらの事故が起きるWRC。皆無事に一年を過ごして欲しいと願いながらも、クラッシュすれすれの走りを期待してしまうのは我々ファンの罪と言えるだろう。「どうせ死ぬならレース中に....」そんなふうにすら考えてしまう。

年老いて身動き一つ取れなくなり、誰の顔も見分けられなくなっても生かされているくらいならば、全力で生きている時にあっさり逝ってしまえた方が幸せなのではないだろうか?



死にたくは無いが、死んだように生きていたくもない。

それだけは確かだ。

感想でもない感想ですまん「それでもデミアンは一人なのか? Still Does Demian Have Only One Brain?」 森博嗣(著)/感想

ほんの数年前までは、昼休みオンリーの読書とはいえ2週間に一冊ペースで小説を読んでいたというのに、すっかりひと月に一冊ほどになってしまったこと、そして18年ぶりの新刊が出た十二国記を優先したことにより、大好きな森博嗣さんのWWシリーズを今更1冊読み終えた。




人と人そっくりの人でない者と、人以上にこの世界のことを考えている存在とが絡み合う未来のお話であるWシリーズ。ファンならば誰もが通る百年シリーズとも地続きだからと云うだけでなく、独立したSF作品として普通に興味深く、その続きがWWシリーズとして読めることが本当に喜ばしい。高度に成長した科学技術と医術により滅多なことでは人が死ななくなり、出生率も閑古鳥、人類の時代は終わり新たな存在がそれに代わって行くのが自然なのではないか?という一貫したテーマに触れていると、地球に蔓延る癌細胞同然の人類の先にあるのが絶滅でもまるで不思議ではないなと感じてしまう。

とかなんとか書いていると、ハードSFみたいであるが、実際には緩やかに死を待つ世界的な雰囲気と、厄介ごとに巻き込まれる主人公達のほんわかするやり取りがなんとも言えない柔らかさを醸し出していて、どんなトラブルが発生しても決して深刻過ぎるものにならない。タイトルにもあるデミアンという存在が巻き起こす今回の騒動も、悪い者が無意味に残虐な罪を犯す物とはまるで違う。この辺りの調整の巧さが森博嗣さんの凄さだろう。ついでに云えば新生活に合わせ名前を変えた例の2人の掛け合いも夫婦の域に達していて幸せな気分になった。妬ましいだけが幸福ではないぞと殴られたみたいだった。



良い気分のまま続きを読みたいけれど、今年こそは終わらせたい「宇宙皇子」をあえて挟むことにした。森博嗣さんの無駄無く効果的な文章の後に藤川桂介さんの本を読むと無駄だらけに感じて苦行と化している。だがこれはもう意地だ。此処まで(正伝だけで全48巻。現在40巻目....)読んでおいて最後を知らないだなんてのは嫌だ。

今年と云えばついでにもう少し読書量を増やしたい。同じゲームや課金ゲームばかりしていては心だけでなく財布が死んでしまう。もっとマトモな人間になりたい。



マトモの定義はそれぞれだが、自分にとってのマトモを目指す事は、きっとマトモなはずだから......
posted by lain at 19:47北海道 ☔小説

ラノベ美少女好き少女の明日はどっちだ?「Re:ゼロから始める異世界生活 氷結の絆」感想

成人の日だった月曜日、出不精の自分には珍しく人の誘い、と云うか、頼みを聞いて出掛けていた。

何の事はない、姪っ子がリゼロの映画を観に行きたいが独りで行く事は許されないし、本人も不安だし、付いて来てくれる大人が欲しいが親は全くリゼロに興味ないから、「どうせ暇」な俺に白羽の矢が立っただけの話である。






今の日本なら驚くことでは無いと、スルーした人も居るかもしれないが、冗談抜きで”姪っ子”がリゼロを観たいと言うのだ。しかも作品の根幹に関わる”死に戻り”と主人公の♂にはまるで興味が無く、可愛い女の子達に夢中。これは一昔前なら考えられない事態である。それとなく同じ趣味の同性はクラスに居るのか聞いてみたことがあるけれど、ラノベ作品に興味がある女子は皆無だと云っていたから、今も変わらず珍しいケースなのかもしれない。

姪が明らかな百合脳なのかどうなのか、それは分からない。ただ普段から可愛い女の子が好きで、本作の終始惚気ばかりの展開も堪能出来るくらいにはエミリアたんが大好きなのは間違いないだろう。確かにエミリアの孤独やパックの決意、そして二人の絆と愛らしさはよく出ている映画ではあったが、おじさんの自分は正直尺が長かったように感じられた。死に戻りがあってこそヒロインの輝きが増すように思えてならないのだ。ハーレム物で男がしょぼければ、こんな男を好きなのかとなってしまう所だが、リゼロには奴が必要だなと思い知らされた。パックとのやり取りは微笑ましくて好きではあるけれど、そればかりでは後半になると間延びしてエミリアが何度も同じことを確認しだすから鬱陶しく感じるところもあった。この辺りのくどい表現はTVシリーズでもあったので、これは完全に監督の癖なのだろう。








姪っ子は贔屓目に見て可愛い。だから趣味の方向性も含め世に言うオタサーの姫になれる子かもしれない。だが俺の目の黒いうちは、絶対そうはさせたくない。かと言って趣味の話を出来る同年代があまり居ないのも不憫だ。

なんだかすっかりパックの気持ちが理解出来てしまうお年頃になったものである....






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posted by lain at 07:11北海道 ☔アニメ