ようやく春らしくなって冬アニメを想う”おっさん”の小言

3ヶ月毎に更新されるのが当たり前で、子供向け以外では長年続くシリーズというのも非常に限られ、まるで風景があっという間に過ぎ去る新幹線に乗っているみたいなアニメの世界。見ているうちは「見終わるのか?」というくらいの物量なのに、終わってみればあっさりしたものである。





この春完結(シーズンを終えた)した冬アニメのうち、自分は何が楽しめただろう?と気の抜けた頭をほんの僅か働かせてみて浮かび上がったのは、まだ完結していない「どろろ」「モブサイコ100」の2期、そして「かぐや様は告らせたい」だった。あとからレコーダーをチェックしたら、「風が強く吹いている」「ケムリクサ」「えんどろ〜!」「私に天使が舞い降りた!」「同居人はひざ、時々、頭のうえ。」「約束のネバーランド」「荒野のコトブキ飛行隊」「リヴィジョンズ」なんかも楽しく見てたよなぁとは思ったものの、トータルで痺れた作品は最初にあげた3作品だったかもしれない。特に原作通りエスパー大戦争になったモブサイコ100は、もうこれ以上ないくらいの作画でアクションに次ぐアクションで、コンテから作画までとんでもない労力が滲み出た仕上がりに鳥肌が立ちっぱなしだった。未だに村田雄介版のワンパンマンしか受け付けない人は多いが、ONE氏の絵柄なればこそのバランスで訴えかけてくる生々しさが確かにある作品なので、食わず嫌いで放置するのは本当に勿体なく思えてならない。




かぐや様については、最早おじさんが語るべき何物も存在しない。力を入れるべき場所を間違えてる(主に鈴木雅之と千花)ことが、あんなに評価された作品は久々だろう。テンポの良い掛け合いで恋愛下手な二人の奥手っぷりを誇張する笑いも最高に面白かった。きっと冬アニメの中で一番続編が待たれている作品に違いない。そういえば恋愛ネタで言うと、「五等分の花嫁」や「ドメスティックな彼女」もあったわけだが、前者はどんどん飽きが来てしまった(花澤香菜演じる長女の一人勝ちに見えた。いや、”らいは”も捨てがた......)し、後者は懐かしのメロドラマを見るようで好きだったが、誰もが自分本位で動いている恋愛事情を見ているうちに、もう勝手にやってくれという気持ちも少なからず湧いてしまってスッキリはしなかった。まあそれを意図した作品なのかもしれないけれど、イキナリどんなものか知りたいからと、知り合ったばかりの男子高校生(主役)とセックスをしてしまうヒロインに健気な立ち位置を与えつつ、妻とは別れると言ってばかりで別れない男と不倫していた挙句、その恋を諦めさせた自分に恋してる男子高校生(主役2回目)に甘えてしまう女教師が姉妹で、しかも二人の母親が男子高校生(主役3回目)の父親と再婚し兄妹・姉弟になってしまうとか、どんだけ運命に弄ばれてんだよと言わずにはいられなかった(裏山)

恋愛物以外でも当然キャラ萌え作品は山ほどあったけれど、それらのOPやEDがなかなかに萌えたなぁという感覚もあった。私に天使が舞い降りたはどちらもテーマ曲と合わせた子供の可愛らしさいっぱいでついつい飛ばさずに見てしまい、えんどろ〜!なんかはOPのサビのハモりで気分を上げ、EDで水瀬いのりの成長を噛みしめるというのを繰り返していた。なんのかんの言っても可愛いが自分も好きなのだと痛感する....





そこそこバランスのとれたラインナップの中、微妙に仕上がりにムラがあったのが続編勢かもしれない。単調でもう見なくても良いかな?と思っていた「逆転裁判」が、ここに来て意外と良い塩梅だったと思えば、「賭ケグルイ」でOPとEDの仕上がり込みで作画の危うさを目の当たりにし、尺の問題なのか原作の問題なのか黄色信号が点りそうだったのは「ソードアート・オンライン アリシゼーション」だった。新たなテーマに沿って、新仮想世界に旅立つことになるキリト。きな臭い現実世界の流れや、仮装世界のルールの拘束力に抗う展開は非常に良いのに、神聖術を駆使して戦うシーンがイマイチピンとこなかったのが大きかった。あれだけ途中足早に展開しておいて今期だけで終わらないというのも残念の極み。なら最初から丁寧にやれば良かったのではないか?と突っ込まずにいられなかった。SAOの原作はまだ終わっていないそうだが、プロジェクトに関わる人間が増え過ぎた作品はストーリーが路頭に迷うケースが非常に多く、SAOの結末もどうなっていくのか不安しかない。

不安で言うと「とある魔術の禁書目録」もド偉い不安だ。もうこの先作られることも無いのではないというくらい端折って進むから観客は完全に置いてけぼり状態だった。まるでレンジでチンして表面だけで熱く芯が冷え冷えな食べ物みたいである。売りである中二病展開がお寒く見えてならなかった。監督である錦織博さんのことは好きだし、こんなに足早に仕上げるような人でも無かったと記憶しているが、これは会社が悪いのかなんなのか.....これまでシリーズが積み上げてきた物を、あっさり崩してしまいかねない所業は残念を通り越して虚しかった。何年ぶりかに復活した「ブギーポップ」も出だしは良かったのに少しずつ視聴者との溝が出来ていったような気がした。現代でこそ存在感が増すキャラクター造形だけに不完全燃焼は否めない。








つい先日、モンキー・パンチさんや小池一夫さんが亡くなられたが、お二人とも80を少し過ぎたくらいで、もうそんなお歳を召していたのだなぁとしみじみ思った。そりゃ自分も40を越えるわけである....なんというか、生き急いでも仕方がない年齢に差し掛かって思うのは『そろそろ原作を消費するだけのアニメ作りは止めにしないか?』だったりする。見る側としては無駄な作品を見ている暇など年々減ってゆくし、作り手だって限られた時間を有意義に使い、自分の仕事を後から振り返った時”俺はよく頑張った”と後進に胸を張れるような仕事をしたいはずだ。クリエイティブな仕事はお金だけでも創作だけでも成り立たないのは重々承知しているが、どんなに僅かな隙間でも狙える時は積極的に作り手の我が儘を通すべきだと思う。

最近の当たり障りの無いお客が付いて当たり前の作品の数々はハッキリ言って見飽きてしまった。それ自体が楽しくないわけではないが、それだけではアニメを愛し続けることが自分には出来そうに無い。どんな作品にも何か一つでも作り手の意地が垣間見える瞬間が欲しくてたまらないのだ。



さて春アニメはどれくらい『二度とやりたくない』と満足げに微笑むクリエーターの顔が見えて来そうな作品があることだろう....








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直感を疑いググった瞬間負けているのは、そこの貴方だ「The Art of INEI コンセプトアート」感想

”ジャケ買い”で泣き笑いした経験が、誰にでもあるのでは無いだろうか?特にビニールで包まれた漫画や、聴くまで分からないCD。ゲームだってパッケージだけは面白そうに見えたりして、ついつい買ってしまったものではなかろうか?

なんでもスマホで調べられる時代だから、お試し程度に読んだり聴いたり出来る為そういった事故も少ないかもしれないが、おじさん(30〜40代以上)達はちょくちょくやらかしていたものである。エ◯漫画の表紙詐欺には何度痛い目に遭わされたかしれない....


でも、そうやって中身が分からないまま、見た目と直感だけで選んだものが頗る面白かったりすると、本当に気持ちが良かったものだった。そうやって出逢ったものの方が、案外年老いても忘れられなかったりするのである。そういう意味において、天冥の標などは、かなりジャケ買い勢を喜ばせた作品だったのではないかと思う。

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天冥の標のカバーイラストを担当しているのは株式会社INEI(陰翳・インエイ)で、その中心人物が富安健一郎という人らしいのだが、実に丁寧かつ深みのある仕事っぷりで、何時間でも1枚の作品を眺めていられそうなくらい情報量が半端では無い。3DCGの上から描くこともあれば、実写を使って絵を仕上げていく場合もあるそうで、実際には存在しないものも多数手掛けているし、生半可な技術でなんとかなる仕事ではない。

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かなり細かく仕事の進め方が書かれていて興味深かった



これらは所謂コンセプトアートと呼ばれるもの。確かにこれだけの絵があれば、我々が世界観を膨らませる助けには十分すぎると言えるだろう。天冥の標の小川一水さんだって、こんなイラストを見せつけられたら、下手な文章を書けるはずがない。受け手だけでなく、作り手のことも大いに刺激するINEIは罪な集団だ....





暫く本棚で埃をかぶっていたINEIのアートブックのページを久々に捲ったが、これまた受け手と作り手の両者にとって得になる構成だよなぁと改めて思った。ただイラストが並ぶアート本も良いが、絵を描く前後の仕事がどれだけ大事か教えてくれるハウツー本的な要素があるアート本も良いじゃ無いか。

天野喜孝や末弥純のように人をメインで描く人達ではなく、建物や機械や自然の絵をメインで描く集団の名前が目立つのは絶対良い話。監督や脚本家やキャラデザばかり注目されるアニメだって、美術や背景が無ければ成立しない場合が非常に多い。ベースを支えるのに必要な人たちの素晴らしい働きは、ちゃんと評価されるべきなのだ。



これからもINEIさんの仕事は密かにジャケ買いを促進させることだろう。しかしながら、それは大変幸せなジャケ買いになること請け合いである。

気になったらじゃんじゃん買ってしまうが吉。失敗もまた糧になるのだから。決まった成功はつまらない。インスピレーションを疑ってググったら負けくらいの方が刺激的だと思わない?










INEIホームページ http://ineistudio.com

本当に”ありがとう”と”お疲れ様”しかない浮かばない....「天冥の標X 青葉よ、豊かなれ PART3(完)」小川一水/早川書房/感想

二度に分けての島出張がとうとう終わりを迎えた。合わせて1ヶ月近く行っていたことになる。10数年ぶりの長期外泊だった。

山と海を一望出来る風景は綺麗だし、宿のご飯は海沿いならではの充実っぷりだし、観光気分なところもあったものの、やはり慣れない部屋で慣れない布団に収まり、同僚達との生活習慣の合わなさにヤキモキしているとストレスがどんどん溜まってかなり疲れた。

人間はやっぱり自分が住処と認めた場所でしか生きられないのだなと思った。縄張りが必要とか、ちゃんと動物だよ人間も....



そんなこんなで、自分もそこそこ苦労してきたわけだが、この度無事完結を迎えた「天冥の標」の作者”小川一水”さんは、その比ではないほど、ここ数年苦労していたのかもしれない。

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植民星メニー・メニー・シープに突如現れた褐色の怪物と広まり続ける感染症、圧政者とそれに反抗する者達、ようやく真実に辿り着くと、そこには絶望しかなかったという1巻から、毎巻ありとあらゆるジャンルで読者を楽しませてくれた天冥の標だが、各巻のテーマ(パンデミック、宇宙海賊、官能、農業、etc..)を取り扱うに際し、小川さんは相当勉強なされたのではないかと改めて思った。好きだから嬉々としてやれた瞬間もあるやもしれないが、そんな生易しいレベルの勉強で済ませていて書けるような作品では絶対にない。嘘を織り交ぜ格好の良いハッタリをかますにしても、本当のことを知らなければ嘘もつけないのだから。

最終巻である10巻の三冊にしても、ここに来て膨大な新要素(複数の異星人の生態)を放り込みつつ、これまでの10年のこと(シリーズは今年で10周年)を回収しなければならないという、素人考えでも気が狂いそうなことをやってのけるのはしんどいことだったはずだ。途中もう書きたくないと思う時があったというのも当然だろう。作品作りというのは本当に面白い。作者が動かしているはずが、必ずしもそうはならなくなっていくのだから。書き手と読み手の想いと、書かれた者達の想いが合わさって初めて物語は紡がれて行くのである。特に長く続く作品は。





終盤少し雑に感じたり、淡白に思えるところがあったけれども、そんなことでこれまで積み上げてきた物が崩れ去ることなど一切なかった。ヒトとヒトでない者達の連綿と続く物語に立ち会えたことは本当に嬉しいの一言。ミニマム(被展開体)からマキシマム(超新星爆発)まで、余すことなく楽しめました。愛しいヒト達のことを、しみじみと思い返している自分がいます。

またいつかアクリラに会いたいけれど、これから大変な小川一水さんに無理は言えない。あまりSF色を感じない作品でも書いて気分転換して貰いたいものだ。

長い間お疲れさまでした.....




天冥の標X 青葉よ、豊かなれ PART3 (ハヤカワ文庫JA)
天冥の標X 青葉よ、豊かなれ PART3 (ハヤカワ文庫JA)
posted by lain at 07:15北海道 ☔小説